「個人は逆張り」は本当か|「個人が買い越したから底が近い」をやめる。あの相関(▲0.88)は、下がったら買う人ではなく、上がったら売る人が作っているから
本記事は情報提供を目的とした個人の見解であり、投資の勧誘・助言ではありません。特定の銘柄・手法・投資主体の売買を推奨するものでもありません。記載の統計・数値は執筆時点の公表資料に基づくもので、その後改訂されている可能性があります。投資判断はご自身の責任でお願いします。
リード
なぜ順張りは機能するのかで、私はこう書きました。
「『上がっているから買う』という群集心理が、流れをさらに太くする」
ずっとそう思っていました。順張りとは、集まってくる買いに相乗りすることだ、と。
ところが、日本の個人投資家の売買を調べていて、正面からぶつかりました。
日本の個人は、上がったら売っています。
しかも一度や二度ではありません。日経平均の月次騰落率と個人の差引き売買の相関係数は、2000年1月以降で**▲0.62**。2013年1月以降だと**▲0.73**。2023年度の週次データでは**▲0.88**(第一生命経済研究所・佐久間啓氏の試算)。個人は1984年度以降、4回しか年間で買い越していません。
つまり「上がっているから買う群集」は、少なくとも日本の個人投資家のことではない。
では、この数字をどう使えばいいのか。よく見かけるのは、こういう使い方です。
「個人が大きく買い越した。逆張りの個人が買い向かうということは、底が近い」
この記事でやるのは、いつもの手順です。1月効果では「その原因が存在しなかった時期に現象はあったか」を調べ、手数料無料化では「その原因は現象を作れるだけの大きさがあるか」を調べました。今回調べるのは、その数字は、言われているとおりの行動を測っているのかです。
先に結果を書きます。
あの相関の大半は、「下がったら買う」という判断がなくても作れます。「上がったら売る」だけで作れてしまうからです。
そしてもうひとつ。
順張りをする個人が2割いれば、この相関はほぼ消えます。消えていません。
結論:あの数字は「逆張り戦略」ではなく「出口の甘さ」の集計かもしれない
- 数字の定義から:▲0.62/▲0.73/▲0.88 は、同じ期間の株価騰落率と、同じ期間の個人の差引き売買の相関。時間的に前後していないので、予測でも因果でもない
- 相関は方向しか語らない:▲0.88 は r²=0.774。個人のフローの変動の77%は、同じ週の株価で説明がついてしまう。「個人が買い越した」は、多くの場合「その週は下げた」と言い換えているだけ
- 記事の核=シミュレーション:含み益が出たら実現し、含み損は寝かせるだけの投資家4,000人(買うタイミングは値動きと完全に無関係=逆張りの意図ゼロ)を回すと、集計フローと騰落率の相関は週次▲0.42/月次▲0.54。売買が値動きと無関係なら相関は0.00なので、これは偶然ではない
- つまり観測されている▲0.62の大半は、「安く買う人」ではなく「上がったら利確する人」が作れる。処分効果を市場全体で足し算したものが「逆張り」に見えている、と読める
- 順張り勢が2割いれば相関は消える:同じシミュレーションで順張りをする人の比率を上げると、20%で相関はほぼゼロ(▲0.03)、30%でプラスに転じる。現実は▲0.62〜▲0.73のまま
- だから016の「群集心理」は、主語を訂正する必要がある:日本株で上昇局面の買いを出しているのは個人ではなく、グロス売買シェア6割超の海外投資家と自社株買いの事業法人。あなたが上昇局面で買うとき、売ってくれているのは個人
- 逆張りは、いちばん効くはずの週に止まる:2024年8月5日を含む週、個人は現金では+3,028億円の買い越しなのに信用で▲3,581億円の売り越し、合計▲553億円。止めたのは値動きではなくレバレッジの側の都合だった
- 自分に不利な材料:米国では、個人の逆張り買いが集中した銘柄はその後20日で**+0.80%**の超過リターンがある(Kaniel-Saar-Titman 2008)。逆張りが常に負けという話ではない
- 実装は2つ:①投資部門別売買状況を「値動きの言い換え」以上の情報として使わない ②市場の相関ではなく、自分の口座の相関を測る
第1部:まず、その数字が何を測っているのかを確かめる
引用されている相関係数の出どころは、第一生命経済研究所の佐久間啓氏によるレポート(2024年4月12日)です。原文はこうです。
2000年1月以降の日経平均株価の月次騰落率と個人の差引き売買動向の相関係数は▲0.62、相場が大きく動き出した2013年1月からでは▲0.73
そして、
2023年度の週次データで試算すると▲0.88
まず押さえるべきは、何と何の相関かです。
- 片方=その期間の日経平均の騰落率
- もう片方=同じ期間の個人の差引き売買動向(買った金額 − 売った金額)
つまり同じ月・同じ週の中の、株価と売買を並べています。「先月の騰落率」と「今月のフロー」ではありません。ここが後で効いてきます。
同じレポートには、行動の一貫性を示す数字も並んでいます。個人は1984年度以降、1990年度・2009年度・2021年度・2022年度の4回しか買い越したことがない。2023年度は3兆8,165億円の売り越し。翌2024年も▲2兆138億円、2025年も▲3兆4,300億円で、053で見たとおり新NISAが始まっても符号は変わりませんでした。
さらに、売買の中身も分かっています。グロスの売買シェアは外国人66.7%、個人26.2%。そして個人の内訳は現金8.0%に対して信用18.2%——個人の売買の7割近くが信用取引です。この事実は第6部でもう一度出てきます。
行動の記述としては、レポートの言い方が正確です。別の回(2025年1月23日)ではこう書かれています。
週次で見ても”株価が上がれば売り、下がれば買い”といった逆張りがよく見られる投資スタイル
異論のない観察です。この記事で疑うのは観察のほうではなく、その観察から何が言えるかのほうです。
第2部:相関は「方向」しか語らない
▲0.88 という数字を見ると、強い法則を掴んだ気分になります。ですが、この係数が何を言っていないかを先に確認しておきます。
言っていないこと①:どちらが先か
同じ週の株価と同じ週のフローの相関なので、時間の前後がありません。個人が売ったから下がったのか、上がったから売ったのか、この数字だけでは区別できません。レポート自身も因果を主張していません。
言っていないこと②:どれくらいの量か
相関は方向の一致度であって、大きさではありません。053で見たとおり、個人の売買はプライム市場の売買代金に対して数%の世界です。方向が揃っていることと、値段を動かしていることは別の話です。
言っていないこと③:儲かっているかどうか
これがいちばん見落とされます。▲0.88 は、逆張りが当たっているとも外れているとも言っていません。 行動の記述であって、成績の記述ではない。
そして、実務でいちばん効くのはここです。相関係数を二乗すると、片方の変動のうちもう片方で説明がつく割合になります。
| 相関係数 | r²(同じ期間の株価で説明がつく割合) |
|---|---|
| ▲0.62(月次・2000年1月〜) | 38.4% |
| ▲0.73(月次・2013年1月〜) | 53.3% |
| ▲0.88(週次・2023年度) | 77.4% |
週次で見たとき、個人のフローの変動の8割近くは、同じ週の株価の動きで説明がついてしまう。
ということは、「今週、個人が大きく買い越した」というニュースを読んだとき、そこに含まれている情報の大半は**「今週は下げた」**です。すでに知っていることです。チャートを見れば分かることを、1週間遅れで、別の言葉で読み直しているだけになります。
新高値銘柄の探し方で私はこう書きました。「注意には方向がない。順張りには方向がある」。今回はこう言えます。同時点の相関には、時間の向きがない。 売買判断には時間の向きがあります。
第3部:この相関は「下がったら買う」がなくても作れる
ここからがこの記事の中心です。
「個人は逆張り」と聞くと、私たちは自動的に下がったところで買い向かう人を思い浮かべます。値ごろ感で拾いにいく人。ナイフを掴みにいく人。
でも、逆張りに見える集計を作る方法は、もう一つあります。上がったら売るです。
売りと買いは同じ数字の裏表なので、「上昇局面で売りが増える」だけでも、差引きの売買はマイナスに振れます。買いの側の判断は一切変えなくていい。
そして「上がったら売る」は、このブログが何度も扱ってきた行動です。チキン利食いの回で使った Odean (1998) の数字——含み益を実現する頻度 PGR 0.148 に対し、含み損を実現する頻度 PLR 0.098。含み益は含み損の約1.5倍の頻度で実現される、という処分効果です。
そこで検算しました。処分効果しか持っていない投資家を4,000人並べて、市場全体のフローを集計したら、相関はどこまで出るのか。
条件はこうです。
- 株価は週次ボラティリティ2.5%のランダムウォーク(1,200週=約23年ぶん)
- 各投資家は、含み益なら確率0.148で売る/含み損なら確率0.098で売る(それ以外の売却理由はない)
- 買うタイミングは値動きと完全に無関係。上がったから買うのでも、下がったから買うのでもない。ただ現金がある人が一定確率でランダムに買う
- つまりこの集団には、逆張りの意図も順張りの意図も存在しない
結果です(100試行の平均)。
| 集計の頻度 | 相関係数 |
|---|---|
| 週次 | ▲0.42 |
| 月次(4週) | ▲0.54 |
| 四半期(13週) | ▲0.52 |
| 年次(52週) | ▲0.24 |
念のための基準テストも回しました。売りも買いも値動きと無関係にした場合、相関は ▲0.00(週次)。ゼロが出ることは確認済みです。つまり上の数字は、処分効果を入れたことで生まれています。
観測されている月次の相関は▲0.62〜▲0.73。シミュレーションの月次は▲0.54。
「下がったら買う」という判断を完全にゼロにしても、観測値の大半に届いてしまいます。
これが意味するのはひとつです。
「日本の個人は逆張りだ」という数字は、逆張り戦略の証拠としては弱い。 少なくともその相当部分は、出口に基準がないこと——上がったら嬉しくなって利確し、下がったら決めきれずに持ち続ける——の集計として説明できます。
言い方を変えます。個人は、安く買おうとして逆張りに見えているのではなく、含み益に耐えられなくて逆張りに見えている可能性がある。
これは、このブログの読者にとっては他人事ではありません。034で扱ったのは「早すぎる利確をどう止めるか」でした。あのとき私は個人の心理の話として書きましたが、同じ行動を1,500万人ぶん足すと、市場統計の「逆張り」という一行になる。市場の話と自分の口座の話は、地続きです。
第4部:順張りが2割いれば、この相関は消える
もうひとつ、同じシミュレーションで調べられることがあります。
個人のなかに順張りをする人が何割いれば、この相関は消えるのか。
順張り勢の設定はこうしました。含み益は伸ばす(売りにくい)/含み損は切る(売りやすい)——つまり処分効果を逆向きにした人で、かつ上がった後に買いやすい。このブログが5年ぶん書いてきたことを、そのまま行動に翻訳した人です。
| 順張りをする個人の割合 | 集計の相関(月次) |
|---|---|
| 0% | ▲0.54 |
| 5% | ▲0.47 |
| 10% | ▲0.37 |
| 15% | ▲0.20 |
| 20% | ▲0.03 |
| 30% | +0.32 |
| 40% | +0.48 |
| 50% | +0.55 |
順張りが2割いれば、相関はほぼ消えます。3割いれば符号が変わります。
現実の相関は▲0.62〜▲0.73。シミュレーションで順張りゼロのときの値(▲0.54)よりもさらに強い。
ここから言えることは慎重に言う必要があります(モデルの仮定に依存する話なので、留保は最後にまとめます)。それでも方向としては、こうです。
日本の個人のなかで、値動きに乗る側に立っている人は、統計を動かすほどの数ではない。
ここで、016に戻ります。私はあそこで「群集心理が流れを太くする」と書きました。その説明自体は取り下げませんが、主語が間違っていました。日本株で上昇局面に買いを出している主体は、個人ではありません。
- グロスの売買シェアは外国人66.7%、個人26.2%(2023年度)。現物に限っても2024年で海外59.1%、個人24.2%、先物では海外75.7%、個人11.3%(三井住友DSアセットマネジメント・市川雅浩氏)
- そして海外投資家は、日本の個人と反対の癖を持つとされてきました。フィンランドの全投資家データを使った古典的研究 Grinblatt & Keloharju (2000) は、こう結論しています——「フィンランドの投資家、とくに家計は逆張りで、負け株を買い勝ち株を売る」「外国投資家だけが、あらゆる期間でモメンタム投資家の傾向を示す」。しかも同論文では、6か月先のリターンで見たパフォーマンスは外国投資家が上位(56%が正、p=0.022)、家計が下位(44.8%、p=0.044)でした
- さらに053で見たとおり、この2年で日本株のネットの買い手だったのは**事業法人(自社株買い)**でした
つまり、順張りで新高値を買うとき、板の向こう側にいるのはこういう構図です。
あなたが買う。売ってくれているのは、含み益を実現している個人。同じ方向に買っているのは、海外投資家と、その会社自身。
これは気分のいい話ではないかもしれません。ですが実務的には悪い話ではない。上昇局面で売り手がいるということは、上がっている最中でも買えるということです。045で見た往復コストの下限(呼値÷株価)が成立するのは、板の反対側に人がいるからです。順張りは、逆張りの人がいる市場でこそ実行できます。
そして、ここが002で書いた「順張りと逆張りはどちらが正しいか」という問いへの、少し違う角度からの答えになります。どちらが正しいかではなく、どちらが多数派か。 日本の個人においては、順張りが少数派です。
第5部:週次のほうが相関が強い、という不思議
観測値をもう一度並べます。
- 月次(2000年1月〜):▲0.62
- 月次(2013年1月〜):▲0.73
- 週次(2023年度):▲0.88
期間を短く切ったほうが、相関が強い。ここには情報があります。
もし個人の逆張りが「先週下げたのを見て、今週買う」というタイプなら、週次の相関はむしろ弱くなるはずです。買いが翌週にずれるので、同じ週の中では対応しなくなるからです。
これもシミュレーションで確かめました。前週の下落に反応して買う「意図的な逆張り」を強くしていくと、月次の相関は▲0.54から▲0.66へ強まる一方、週次の相関は▲0.42から▲0.11へ弱まりました。ラグのある逆張りは、月次では見えて週次では消えます。
現実は逆です。週次のほうが強い。ということは、
個人の逆張りは、その週のうちに起きている。
先週のチャートを見て今週の作戦を立てているのではなく、下げたその日に買い、上げたその日に売っている。反応の時間が数日以下だということです。
これは042で扱った「注意ベース買い」と同じ形をしています。急落や急騰は、その日のうちにニュースになり、ランキング画面に載り、目に入る。目に入ったから注文が出る。方向が逆なだけで、トリガーの構造は同じです。
ただし、この比較には正直な留保が要ります。▲0.88 は2023年度の1年分=約52週の標本です。標本が小さいほど、相関は極端な値が出やすい。信頼区間を計算するとこうなります。
| 数値 | 標本数 | 95%信頼区間 |
|---|---|---|
| ▲0.62(月次・2000年1月〜) | 約291か月 | ▲0.686 〜 ▲0.544 |
| ▲0.73(月次・2013年1月〜) | 約135か月 | ▲0.800 〜 ▲0.640 |
| ▲0.88(週次・2023年度) | 約52週 | ▲0.930 〜 ▲0.799 |
区間は重なりません。母集団の相関が▲0.62の世界で、52週の標本から▲0.80より強い値が出る確率は**0.4%**です。週次と月次の差は、標本のブレだけでは説明しにくい——ここまでは言えます。ただし期間も頻度も違う比較なので、「同じ時期を週次と月次で測り直した」わけではありません。示唆であって、証明ではありません。
第6部:逆張りが止まる週
2024年8月5日。日経平均は4,451円28銭(12.4%)安と史上最大の下げ幅を記録し、翌6日には3,217円04銭(10.2%)高と史上最大の上げ幅を記録しました(036で扱った週です)。
逆張りにとっては、これ以上ない場面のはずです。下がったら買う人が、いちばん働くべき週。
実際の数字はこうでした(第一生命経済研究所・佐久間啓氏、2024年8月16日)。
- 個人の現金取引:+3,028億円の買い越し
- 個人の信用取引:▲3,581億円の売り越し
- 現物合計:▲553億円の売り越し
- 信用買い残は前週比**▲9,086億円**
逆張りは、ちゃんと働いていました。 現金で買っている人は、暴落の週にも3,000億円買い向かっている。
止めたのは、値動きではありません。信用取引です。 レポートの表現を借りれば、「歴史的な暴落でポジションを維持することが難しくなり、大量のポジション解消の売りが出たはず」。信用買い残が9,000億円縮んだのは、判断ではなく降ろされた結果です。
第1部で確認したとおり、個人の売買の7割近くは信用取引(グロスで現金8.0%・信用18.2%)です。だから個人のフローは、値ごろ感の買いと、レバレッジの巻き戻しの、2つが混ざった数字になります。そして巻き戻しは、いちばん下げた週に最大になります。
052で私はこう書きました。追証が出る下落率=委託保証金率−維持率であり、保証金率30%なら維持率20%で−10%、25%で−5%。損切りライン−8%より手前で来る。つまり損切りが機能しない第2のケースで、しかも歪めるのが自分ではなく証券会社です。あの週に起きたのは、その市場規模での実演でした。
対照的な週を2つ並べておきます。
- 2025年4月第1週(急落局面):個人の現物買い越しは約7,200億円で、海外投資家の買い越し(約6,000億円)を上回りました(三井住友DSアセットマネジメント)。教科書どおりの逆張り
- 2025年7月第4週(7月22〜25日):日経平均が4万円台を回復し一時4万2,000円台まで上昇した局面で、個人は1兆1,687億円の売り越し(ニッセイ基礎研究所・森下千鶴氏)。報道ベースでは1兆2,190億円で週間として過去最大とされました。教科書どおりの利益確定
この3週を並べると、「個人は逆張り」という一行では足りないことが分かります。正確にはこうです。
上昇局面では、確実に売ってくる。下落局面では、買ってくる。ただし本当の暴落では、買い向かう手より、降ろされる手のほうが大きくなる。
順張りをやる側の実務としては、これは覚えておく価値があります。暴落の週に「個人が買い越したから底だ」と読むのは、いちばん当てにならない。その週の個人のフローは、値ごろ感ではなく追証で決まっているかもしれないからです。
第7部:自分に不利な材料
ここまで「逆張りは戦略ではなく出口の甘さの集計かもしれない」「順張りは少数派だ」と書いてきました。自説に不利な材料を、自分から出します。
① 米国では、個人の逆張り買いはその後のリターンを予測している(最強の反証)
Kaniel, Saar & Titman (2008, JF) は、NYSEの2,034銘柄・2000年〜2003年・1兆5,500億ドル分の個人売買を使って、個人が集中的に買った週・売った週のその後を調べています。
まず、個人が逆張りであることは同じでした。個人の集中売りが起きた週の直前20日の市場調整後リターンは+3.15%、集中買いの直前は−2.47%。上がったら売り、下がったら買っています。
問題はその後です。個人が集中的に買った銘柄は、その後20日で+0.80%の超過リターン(集中売りの後は−0.33%)。どちらも統計的に有意。逆張りは、少なくとも米国の1か月スケールでは報われていました。
著者らの解釈は「リスク回避的な個人が、機関投資家の”すぐに約定させたい”という需要に対して流動性を提供している」というものです。個人が儲けているのは相場観ではなく、待てることの対価だ、という説明です。
これは私の主張の一部を弱めます。「逆張り=下手」ではありません。ただし、期間と単位が違います。 KSTは銘柄ごとの個人の売買と、その後20日のリターンの話です。日本の▲0.88は市場全体のフローと同じ週の騰落率の話です。同じ「逆張り」という言葉で呼ばれているだけで、測っているものが違います。
② 日本でも、逆張りが買い持ちに勝てなかった検証がある(今度は私に有利な材料)
ニッセイ基礎研究所・前山裕亮氏(2019年11月15日)は、国内株式インデックス・ファンドの資金流出入から個人の売買を再現し、2011年末に1万円を投じて持ち切れば2019年に3万2,000円だったところ、逆張り売買を挟むと2万6,000円(約81%)だったと試算しています。ただしこれは投信のフローから推計した長期の話で、数日〜数週間の売買の検証ではありません。有利な材料だからといって、強く使いすぎないようにします。
③ 「個人」は集計単位であって、行動主体ではない
▲0.62 は1,500万人以上を1本の線に潰した数字です。そのなかに順張りをしている人がいないという意味ではありません。 第4部の「2割いれば消える」も、逆に言えば「1割いても消えない」ということです。あなたがその平均に含まれている保証はないし、含まれていない保証もありません。
④ 癖は変わりつつあるかもしれない
第一生命経済研究所・嶌峰義清氏(2026年6月22日)は、2026年4月6日〜6月12日の急騰局面で、金額ベースでは6,543億円の売り越し(従来どおりの逆張り)だが、売買高=株数ベースでは11億444万株の買い越しという食い違いを指摘しています。値がさ株を売って低位株を買っているためで、株数で見ると順張りに近づき、相関が薄らいでいるという観察です。
順張り側からすると、これは歓迎しづらい変化です。049で私は**「呼値÷株価が0.1%を超える銘柄(その他銘柄なら株価1,000円未満)は外す」**という除外条件を足しました。低位株は往復コストが高く、値幅も刻みに丸められ、−8%の損切り幅が12〜24呼値しかない。個人の資金が低位株へ向かっているとしたら、それは私が意図的に外している場所です。
⑤ シミュレーションは人工データです
第3部・第4部の数字は、ランダムウォークの仮想市場と、Odean (1998) の実現確率を借りた4,000人のモデルから出ています。実際の日本市場を再現したものではありません。 順張り勢の売買頻度を他と同じにした、価格に対するフローのフィードバックを入れていない、といった仮定が結果を動かします。「処分効果だけでも相関はかなり出る」という定性的な指摘が主で、▲0.54という値そのものを持ち歩くべきではありません。
第8部:実装
この記事から持ち帰る実務は2つです。どちらも買う前に終わります。
実装①:投資部門別売買状況を、値動きの言い換え以上の情報として使わない
第2部の r²=0.774 がそのまま理由です。週次の個人のフローは、その大半が同じ週の株価で説明できてしまいます。したがって、
- 「個人が買い越した」→「その週は下げた」 と読み替えて、それ以上の意味を足さない
- 「個人が買い向かっているから底が近い」という文を見たら、その主張が成立するには、フローが株価に先行している必要があることを思い出す。同時点の相関は、それを言っていません
- とくに暴落の週のフローは、値ごろ感と追証の合成なので(第6部)、符号の意味が変わります
053の実装は「入口の条件に制度の名前を入れない」でした。今回はその姉妹版です——入口の条件に、投資主体の名前を入れない。 海外投資家が買い越したから買う、個人が売り越したから売る、はどちらも同じ穴です。全銘柄に同時に成立する条件は、銘柄を選り分けません。
実装②:市場の相関ではなく、自分の口座の相関を測る
051で確立したやり方——市場の話を、自分の建玉に代入する——を、ここでも使います。
「日本の個人は逆張り」が事実だとして、問題は、自分がその平均に入っているかどうかです。順張りをやっているつもりでいても、注文画面の履歴は違うことを言っているかもしれません。037の記録があれば、15分で測れます。
手順(3ステップ)
- 記録から、買った日を全部並べる
- 各エントリーについて、買う直前5営業日のその銘柄の騰落率を調べ、プラスかマイナスかだけを記録する(金額はいらない。符号だけ)
- プラスだった割合=自分の順張り率を出す
50%なら、あなたの買いは値動きと無関係です。70%なら順張り、30%なら(自分ではそう思っていなくても)逆張りです。
ただし、件数が少ないと何も言えません。ここも先に計算しておきます。
| 記録の件数 | 「偶然ではない」と言える順張り率 |
|---|---|
| 20件 | 75%以上(15件以上) |
| 30件 | 70%以上(21件以上) |
| 50件 | 66%以上(33件以上) |
| 100件 | 61%以上(61件以上) |
逆に、真の順張り率が70%の人がそれを確認するには47件、65%なら85件、60%なら194件の記録が要ります(有意水準5%・検出力80%)。037で「件数30未満は判断保留」と書いたのと同じ話です。1四半期ぶんの記録で「自分は順張りだ」と結論するのは早すぎます。
そして、この測定でいちばん価値があるのは、買いではなく売りの側かもしれません。第3部で見たとおり、集計上の「逆張り」の大半は売りが作っています。同じ記録から、
- 利確したときの含み益の平均と、損切りしたときの含み損の平均
- 勝ちトレードの平均保有日数と、負けトレードの平均保有日数
を出してください。勝ちのほうが短ければ、あなたの口座は——買いが順張りでも——出口では逆張り側に立っています。034がその直し方です。
順張りは、選ぶものではなく、維持するもの
この記事を書いていて、いちばん腑に落ちたのはここでした。
順張りをやると決めるのは、一瞬で終わります。ですが、処分効果は全員に働き、信用の追証は値動きと無関係に来て、権利日や年末の損出しは日付の側から出口を書き換えにきます。これらはすべて、口座を逆張り側へ押し戻す力です。
日本の個人のネットが40年以上ほぼ一貫して売り越しであること、相関が▲0.62〜▲0.88であることは、その力の強さの目安として読めます。順張りが少数派なのは、順張りを選ぶ人が少ないからではなく、選んだあとに押し戻されるからではないか。
だとすれば、やることは今までと変わりません。降りる価格を先に書き、株数を逆算し、記録を残す。 変わったのは、その作業が何のためにあるかの理解のほうです。あれは勝率を上げるための作業ではなく、平均に戻されないための作業でした。
留保(この記事で言い切れないこと)
- 相関係数はいずれも他者の試算です。 筆者は原データ(投資部門別売買状況の週次・月次系列)を入手して再計算していません。集計対象(二市場か全市場か、現物のみか先物込みか)によって値は動きます。
- 同時点の相関からは因果を取り出せません。 本記事は「個人が売るから下がる」とも「下がるから個人が売る」とも主張していません。
- 第3部・第4部のシミュレーションは人工データです。 ランダムウォーク・投資家4,000人・1,200週という設定で、実際の日本市場を再現したものではありません。数値そのものより、「処分効果だけでも相当の相関が出る」という方向を読んでください。
- PGR 0.148/PLR 0.098 は米国の1987〜1993年の口座データ(Odean 1998)から借りた値で、日本の個人投資家の実測値ではありません。
- 順張り勢のモデル化は筆者の設計です。 「含み益は伸ばし、含み損は切り、上昇後に買う」という定義で、売買頻度は他の投資家と同じにしています。頻度を変えれば「2割で消える」という閾値も動きます。
- ▲0.88 は約52週の標本です。 信頼区間は▲0.930〜▲0.799で、月次の値との差は標本誤差だけでは説明しにくいものの、期間も頻度も違う比較である以上、示唆にとどまります。
- Grinblatt & Keloharju (2000) はフィンランドの1994〜1996年の研究であり、日本の研究ではありません。「外国人=モメンタム」という一般則として使えるものではありません。
- Kaniel, Saar & Titman (2008) は米国NYSEの2000〜2003年で、銘柄単位・20日スケールの分析です。日本の市場全体・週次の話とは測定単位が違います。
- ニッセイ基礎研究所の逆張り検証は投信のフローからの推計で、個別株の売買の検証ではありません。
- 売買シェアの数字は年・市場・現物/先物で異なります。 本記事では出典ごとに年と対象を明記しましたが、そのまま並べて引き算できる数字ではありません。
- 本記事は投資主体の売買動向から将来の値動きを予測するものではありません。 むしろ「予測に使えない」という指摘が主旨です。
まとめ:平均は、あなたの口座の中にもある
- 「個人は逆張り」の根拠になっている相関(月次▲0.62/▲0.73、週次▲0.88)は、同じ期間の株価と同じ期間のフローの相関で、前後関係を持たない
- 週次ではr²=0.774。個人のフローの8割近くは、同じ週の株価で説明がつく。「個人が買い越した」は、たいてい「下げた」の言い換え
- 処分効果だけを持ち、買いは値動きと無関係な集団をシミュレーションすると、相関は月次▲0.54まで出る。あの数字の大半は、“下がったら買う”ではなく”上がったら売る”で作れる
- 順張りが2割いれば相関は消える。消えていない。日本株の上昇局面の買いは、個人ではなく海外投資家と事業法人から来ている
- 逆張りは暴落の週に止まる。2024年8月5日の週、現金は+3,028億円の買い越しだったが、信用が▲3,581億円の売り越しで打ち消した
- 実装は2つ。①投資部門別売買状況を値動きの言い換え以上に使わない ②自分の口座の順張り率を、記録から測る(30件で70%以上なら偶然ではない)
私はこの記事を、「個人は逆張りらしい。自分は違う」と確かめるつもりで書き始めました。書き終えて残ったのは、逆の感想です。
あの▲0.62 を作っているのは、下手な誰かではありません。上がって嬉しくなって利確する、ごく普通の判断です。 私も何度もやっています。市場統計の一行は、私の口座の中の同じ行動を、1,500万倍にしただけのものでした。
だから、測る場所は市場ではありません。自分の記録です。
次の一歩
次に読む:なぜ順張りは機能するのか(記事016)/順張りと逆張りはどっちが勝てる?(記事002)/利確が早すぎて伸ばせない(記事034)/新NISAで需給は変わったのか(記事053)
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本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品・投資手法・投資主体の売買を推奨・勧誘するものではありません。また、投資助言を行うものでもありません。記載の統計・公表数値は執筆時点で入手可能な公表資料に基づくものであり、その後改訂・変更されている可能性があります。本記事に含まれる相関係数・信頼区間・シミュレーション結果は、公表資料と筆者の仮定に基づく計算であり、実際の市場を再現するものではありません。引用した研究の数値は、公表された論文・要旨に基づくもので、解釈の誤りがありうることをお断りします。本記事の内容は筆者個人の見解に基づくものであり、正確性・完全性を保証するものではありません。投資には元本割れを含むリスクがあり、信用取引においては預託した保証金の額を超える損失が生じるおそれがあります。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任と判断において行ってください。本記事の情報を利用して生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いません。過去の実績や調査結果は、将来の成果を保証するものではありません。