配当落ちは「呼値の刻み」で説明できるのか|「端数が丸められるから落ちきらない」をやめる。日本のデータで説明が要るのは、落ちきらないことではなく“落ちすぎること”だから
本記事は情報提供を目的とした個人の見解であり、投資の勧誘・助言ではありません。記載の制度・数値は執筆時点の公表資料に基づくもので、その後変更されている可能性があります。筆者は税理士ではなく、税務に関する記述は公表資料に基づく一般的な整理にすぎません。投資判断はご自身の責任でお願いします。
リード
前回、配当落ちで株価がいくら下がるのかを調べて、「誰も知らない」という結論になりました。米国0.78倍、税金のない香港0.5倍、日本はほぼ満額・むしろ上がる・約2倍。55年かけて、どの研究も一致していません。
その記事の留保の7番目に、私はこう書きました。
Frank & Jagannathan (1998) と Bali & Hite (1998) は、落ち幅が配当に満たない理由として税以外の説明(市場のミクロ構造、価格の刻みの離散性)を出していますが、本記事ではこれらの説明の中身を検討していません。特に呼値の刻みは実効コストの記事で扱った論点と直結するので、検討する価値があります。
宿題を自分で書いて、そのまま置いていました。今回はその回収です。
説の中身はとてもシンプルです。
株価は、好きな値段になれるわけではない。呼値の単位(ティック)の格子の上にしか止まれない。だから「配当の分ぴったり」に落ちることは原理的にできず、1つ下の刻みに丸められる。落ち幅が配当に満たないのは、そのせいではないか。
これは思いつきではなく、Journal of Financial Economics に載った学説です(Bali & Hite, 1998)。しかも私は、この説を測る道具をすでに持っています。手数料ゼロ時代の実効コストで作った呼値表です。あのとき「往復コストの下限=呼値÷株価」と計算しました。今回は分母を変えるだけ——呼値÷1回あたりの配当額です。
測ってみました。結論から言うと、この説では日本のデータを説明できません。しかも、説明できない理由は「数字が足りない」ことよりもっと根本的でした。
結論:丸めは「落ちきらない」しか作れない。日本で説明が要るのは「落ちすぎる」ほうだ
- 離散性説(Bali & Hite 1998)の予測は明快で、落ち幅=配当を1つ下の呼値に丸めた額。つまり落ち幅は必ず配当以下になり、不足分は最大でも1呼値
- 日本の呼値表で測ると、1呼値が1回の配当に占める割合は、プライム平均(株価3,485円・その他銘柄)で13.5%/同じ株価がTOPIX500構成銘柄なら2.7%/スタンダード平均で5.0%
- 株価3,000円をまたぐと5倍の段差(2,990円で3.1%→3,010円で15.6%)。実効コストの記事で見つけた往復コストの段差と、まったく同じ場所に立っている
- 低位株だけは例外。株価300円・利回り3%なら22.2%、150円なら66.7%。ここでは刻みが配当を本当に支配する
- なぜこの説がもっともらしく見えたのかも計算で分かる。1966-67年のNYSEは呼値が1/8ドルで、これは1回の配当の約35.7%。当時観測された不足**22.3%**は、1呼値の6割で説明できてしまう
- ところが刻みを小さくしたのに、異常は消えなかった。Graham, Michaely & Roberts (2003) は小数化後に異常リターンが増えたと報告し、Jakob & Ma (2004) は1/8→1/16→小数の3期間で有意な減少はなかったと報告している
- 決定的なのは方向。丸めは落ち幅を小さくする方向にしか効かない。日本のデータで説明が要るのは、前回見た**「高配当上位50は配当の約2倍落ちる」と「12月末の権利落ち日は+0.709%とむしろ上がる」**。どちらも丸めでは原理的に作れない
- 測定の側でも桁が違う。売買気配の跳ね返りによる測定ノイズは配当の1.9〜15.7%。同じ条件で計算した値動き由来の誤差は配当の100〜141%(前回の代表値は150%)で、6〜74倍の開きがある。刻みを完全になくしても、1回の観測から落ち幅は推定できない
- ただし自分に不利な材料もある。Al Yahyaee et al. (2008) は、税もなく小数表示の市場で「売買気配を調整すると、落ち幅は配当と有意差がなくなった」と報告している。ミクロ構造は測定の側では確かに効いている
- 日本には検証できる自然実験が2回ある。2014年1月14日と7月22日の呼値縮小(JPXワーキング・ペーパー No.7)、そして2027年3月1日のSTR移行。私は個別銘柄の日次データを持っていないので検証できず、公開された検証も見つけられなかった
- 実務の持ち帰りは1つだけ増える。スクリーニングの除外条件に「呼値÷株価が0.1%を超える銘柄を外す」を足す。その他銘柄なら株価1,000円未満。低位株はコストも高く、配当落ちも損切りラインも刻みに丸められる
第1部:離散性説とは何か——「値段は格子の上にしか止まれない」
説の中身
まず、説そのものを正確に押さえます。
Bali & Hite (1998) の論文タイトルは、そのまま問いになっています。
Ex dividend day stock price behavior: discreteness or tax-induced clienteles? (配当落ち日の株価の振る舞い:離散性か、税による顧客層効果か)
彼らの主張を、二次文献の要約から引くとこうなります。
株価の変動が呼値の倍数に限られるため、配当落ち日の下落幅は支払われた配当を1つ小さい呼値に丸めた額になり、したがって配当の額よりも小さくなる
つまりこういうことです。ある銘柄の配当付最終値が3,010円で、1株配当が32円だとします。理論上の落ち先は 3,010 − 32 = 2,978円。ところがこの銘柄の呼値の単位が5円なら、2,978円という値段は存在しません。2,980円か2,975円のどちらかです。上に丸めれば落ち幅は30円(配当の94%)になります。
配当の分ぴったりには落ちられない。格子の目が粗いから。
これが離散性説です。
兄弟の説:どちらの気配で約定したか
同じ「市場のミクロ構造」の家族に、もう1つ説があります。前回使った Frank & Jagannathan (1998) の香港の研究です。彼らは、税金がまったくない香港でも落ち幅が配当の約半分(配当 HK$0.12 に対し下落 HK$0.06)だったことを、税ではなく市場のミクロ構造で説明しました。
こちらの筋道は、丸めではなく気配です。終値というのは約定価格なので、買い気配で付いたのか売り気配で付いたのかで、1スプレッド分ずれます。配当付最終日の終値が売り気配寄り、権利落ち日の終値が買い気配寄りなら、測った落ち幅は実際より大きく出ます。逆なら小さく出ます。
丸めも気配も、効く大きさは「1呼値〜1スプレッド」で共通です。ですから、この家族全体を1つの物差しで測れます。それが呼値表です。
なぜ順張りの記事でこの話をするのか
理由は2つあります。
1つは、前回の宿題だからです。「落ち幅は分からない」と結論を出したなら、分からない理由の候補を1つずつ消していくのが筋です。
もう1つは、実効コストの記事で作った呼値表が、別の質問にもそのまま使えると気づいたからです。あのとき呼値は「払わされるコストの下限」でした。今回は「価格情報の分解能」です。同じ表が2つの役割を持っている。これは順張りの実務でも効いてきます(第7部)。
第2部:日本の呼値表で測る
使う道具(1)呼値の単位
日本取引所グループが公表している呼値の単位です。2027年2月28日まではこの表が適用されます。
| 値段の水準 | TOPIX500構成銘柄 | その他の銘柄 |
|---|---|---|
| 1,000円以下 | 0.1円 | 1円 |
| 3,000円以下 | 0.5円 | 1円 |
| 5,000円以下 | 1円 | 5円 |
| 10,000円以下 | 1円 | 10円 |
| 30,000円以下 | 5円 | 10円 |
| 50,000円以下 | 10円 | 50円 |
(ETF等にはさらに別のテーブルがあります。ここでは個別株の2系統だけを載せました。)
使う道具(2)1回あたりの配当額
分母が要ります。取引所の統計月報から取りました。2026年5月末時点です。
| 市場 | 平均配当金(年額・1株) | 単純平均利回り |
|---|---|---|
| プライム | 74.23円 | 2.13% |
| スタンダード | 39.97円 | 2.35% |
| グロース | 9.86円 | 0.84% |
平均配当金を単純平均利回りで割ると、単純株価平均が出ます。プライム3,485円、スタンダード1,701円。中間配当と期末配当が半分ずつだと仮定すると、1回あたりの配当はプライム37.12円、スタンダード19.98円です。
(中間配当を出しているのは全社ではありません。「中間・期末ともに配当を行っている企業は6割強」という調査があります。年1回の会社なら1回の配当は2倍になり、刻みの比率は半分になります。この点は留保で扱います。)
測定結果
1呼値が、1回の配当の何%にあたるか。
| ケース | 株価 | 1回配当 | 呼値 | 呼値÷配当 |
|---|---|---|---|---|
| プライム平均・その他銘柄 | 3,485円 | 37.12円 | 5円 | 13.5% |
| プライム平均・TOPIX500構成銘柄 | 3,485円 | 37.12円 | 1円 | 2.7% |
| スタンダード平均・その他銘柄 | 1,701円 | 19.98円 | 1円 | 5.0% |
| 800円・利回り3%・その他銘柄 | 800円 | 12.00円 | 1円 | 8.3% |
| 300円・利回り3%・その他銘柄 | 300円 | 4.50円 | 1円 | 22.2% |
| 150円・利回り2%・その他銘柄 | 150円 | 1.50円 | 1円 | 66.7% |
読み方はこうです。
平均的な日本株では、丸めで消せる最大の額は配当の3〜14%。米国で観測された不足(配当の22.3%)には届きません。TOPIX500構成銘柄なら2.7%で、8分の1しか説明できません。
一方、低位株では話が変わります。株価300円で22.2%、150円なら66.7%。ここでは1呼値が配当の3分の2を占めるので、「配当の分だけ落ちる」という文自体が意味を持ちにくくなります。
3,000円の段差が、ここにも出てくる
実効コストの記事で見つけた発見が、そのまま再現します。
| 株価 | 呼値(その他銘柄) | 往復コストの下限 | 呼値÷1回配当(利回り2.13%) |
|---|---|---|---|
| 2,990円 | 1円 | 0.033% | 3.1% |
| 3,010円 | 5円 | 0.166% | 15.6% |
| 4,990円 | 5円 | 0.100% | 9.4% |
| 5,010円 | 10円 | 0.200% | 18.7% |
株価が3,000円を20円またぐだけで、払うコストが5倍になり、同時に配当落ちの分解能も5倍粗くなる。同じ表が、同じ場所で、2つのことを一度に決めています。
これは呼値表を「コストの表」としか見ていなかったときには見えなかった構造です。呼値は価格の解像度でもあります。
第3部:この説には、原理的に説明できないものがある
ここが、この記事でいちばん言いたいところです。
丸めは片方向にしか効かない
離散性説が作れる落ち幅の範囲を、はっきり書きます。
落ち幅 ∈ [配当額 − 1呼値, 配当額]
丸めは「配当の分ぴったりに落ちられないので、少し落ちきらない」という現象です。したがって、
- 配当より小さい落ち幅 → 作れる(それが説の主張そのもの)
- 配当ちょうどの落ち幅 → 作れる(配当が呼値の倍数のとき)
- 配当より大きい落ち幅 → 作れない
- 上がる(落ち幅がマイナス) → 作れない
丸めというのは、既にある値をいちばん近い格子点に寄せる操作です。値そのものを2倍にすることはできませんし、符号を反転させることもできません。
日本のデータで説明が要るのは、その「作れない」側だ
前回並べた数字をもう一度出します。
| 研究・集計 | 対象 | 落ち幅(配当1に対して) | 離散性説で作れるか |
|---|---|---|---|
| Elton & Gruber (1970) | 米NYSE | 0.7767倍 | 帯の外(低位株の帯の端にぎりぎり届かない) |
| Frank & Jagannathan (1998) | 香港 | 約0.5倍 | 帯の外(届かない) |
| Hayashi & Jagannathan (1990) | 日本1983-87年 | ほぼ1.0倍 | ○(帯の中) |
| Kato & Loewenstein (1995) | 日本 | マイナス(上がる) | × |
| 翟・土田 (2017) | 日本・高配当上位50 | 約2倍 | × |
| 東証4,083銘柄の月別集計 | 12月末の権利落ち日 | +0.709%(上がる) | × |
日本のデータで説明しなければいけないのは、「配当の分だけ落ちない」ではありません。**「配当より大きく落ちる」と「そもそも上がる」**です。
離散性説は、この2つについて何も言えません。
同じ指摘は、すでに文献にある
私が思いついたわけではありません。アールト大学のワーキングペーパーで、Rantapuska が同じ批判を書いています。
Bali and Hite (1998) explain only why the price drop may be less than the dividend. They do not explain why the ex-day premium is higher than one. (Bali & Hite が説明しているのは、落ち幅が配当より小さくなりうる理由だけである。彼らは、配当落ち日のプレミアムが1を上回る理由を説明していない。)
同じ論文が、フィンランドの実測も引いています。Liljeblom らが1994-96年のデータで調べたところ、配当落ち日の株価変化が2呼値未満だったのは122件中15件だけで、呼値の制約は効いていませんでした。
つまり、この説は「落ちきらない」現象を説明する候補としては筋が通っているのに、現実のデータのばらつきの向きに対しては、そもそも土俵に上がっていない。
私が呼値表で数字を出したのは、それを日本の制度で確かめるためです。桁も足りないし、方向も合っていない。
第4部:海外では検証されていて、外れている
離散性説の良いところは、検証可能な予測を持っていることです。刻みが原因なら、刻みを小さくすれば異常は縮むはずです。
そして、その実験は実際に行われました。
実験1:小数化(米国、2001年)
米国株の呼値は、1/8ドル → 1/16ドル(1997年)→ 1セント(2001年1月までに完了)と段階的に細かくなりました。1/8ドルは0.125ドル、1セントは0.01ドル。12.5分の1です。
Graham, Michaely & Roberts (2003) が調べています。
abnormal ex-dividend day returns increase in the 1/16 and decimal pricing eras, relative to the 1/8 era (配当落ち日の異常リターンは、1/8時代に比べて1/16時代と小数時代に増加した)
縮むどころか、増えました。
同じ論文は、1997年5月のキャピタルゲイン減税の後にも異常リターンが増えたと報告し、「配当とキャピタルゲインの相対的な課税が配当落ち日の価格形成に影響している」と結論づけています。つまり著者らは、ミクロ構造ではなく税のほうを支持しています。
実験2:3つの呼値レジームの比較(Jakob & Ma, 2004)
もう1本、より直接的な検証があります。Jakob & Ma (2004) は、離散性説(Bali & Hite)とNYSE規則118に基づく説(Dubofsky, 1992)の両方を、1/8・1/16・小数の3つの呼値レジームで比べました。
no significant decline was evident in the magnitude of the ex-day anomaly after the tick size reduction (呼値の縮小後に、配当落ち日のアノマリーの大きさに有意な減少は見られなかった)
結論は「どちらのモデルも、量的には現象を説明できない」でした。
なぜ、この説はもっともらしく見えたのか
ここで最初の表に戻ります。1966-67年のNYSEでは、呼値が1/8ドル=0.125ドルでした。当時の株価を40ドル、配当利回りを年3.5%、四半期配当と仮定すると、1回の配当は0.35ドル。
0.125 ÷ 0.35 = 35.7%
Elton & Gruber が観測した不足は22.3%です。つまり1呼値の6割強で説明できてしまう。この時代のデータを見て「刻みのせいではないか」と考えるのは、まったく自然です。
小数化後はどうか。株価40ドル・利回り1.5%なら1回の配当は0.15ドル、呼値は0.01ドルなので6.7%。株価100ドルなら2.7%。もう説明できません。
説はもっともらしかった。予測もはっきりしていた。そして、その予測は外れた。 これは学説の失敗ではなく、健全な検証の一例です。
自分に不利な材料を1つ、ここに置く
ただし、ミクロ構造の側にも強い証拠があります。
Al Yahyaee, Pham & Walter (2008) は、配当にもキャピタルゲインにも税がなく、しかも株価が小数表示という市場を使って調べました。税も刻みも消した環境です。
結果は「株価は配当の額より小さく下がり、有意なプラスの配当落ち日リターンがある」。ここまでは他と同じです。ところが続きがあります。
when we adjust for market microstructure effects, the ex-dividend drop is not significantly different from the value of the dividend paid (市場のミクロ構造の影響を調整すると、配当落ち日の下落幅は支払われた配当と有意な差がない)
つまり、測り方をミクロ構造に合わせて直したら、落ち幅は配当と一致した。
これは離散性説そのものの支持ではありませんが、「気配のどちら側で約定したか」が測定に効いていることの、かなり強い証拠です。第6部で扱います。
同じ方向の結果として、ドイツの非課税配当を扱った研究(Kruse et al., 2020)でも、配当落ち率の平均は0.87で、1と有意差がなかったと報告されています。
第5部:日本には自然実験が2回あって、まだ誰も使っていないように見える
海外では検証されました。日本ではどうか。
同じ実験が、日本でも2回行われています。
2014年:呼値の単位の適正化
東京証券取引所は、2014年に呼値の単位を段階的に縮小しました。取引所自身のワーキング・ペーパーに、実施日と対象が書かれています。
| 実施日 | 対象 | 変更 | |
|---|---|---|---|
| フェーズⅠ | 2014年1月14日 | TOPIX100構成銘柄のうち38銘柄 | 1,000〜3,000円帯で 5円→1円 |
| フェーズⅡ | 2014年7月22日 | グループC 24銘柄 | 1円→0.1円 |
| フェーズⅡ | 2014年7月22日 | グループD 56銘柄 | 1円→0.5円 |
効果も報告されています。気配スプレッドはフェーズⅠのグループAで14.48bps→5.96bps(56.5%縮小)、フェーズⅡのグループCで19.27bps→4.80bps(71.9%縮小)。実効スプレッドも同様に縮み、TOPIX100構成銘柄全体で日次5.56億円、年換算で約992億円のコスト削減と試算されています。
呼値は、確かに、劇的に細かくなりました。
離散性説が正しければ、何が起きるはずだったか
株価2,000円・年配当利回り2%(1回の配当20円)の銘柄で計算します。
| 呼値 | 呼値÷1回配当 | |
|---|---|---|
| フェーズⅠ前(グループA) | 5円 | 25.0% |
| フェーズⅠ後 | 1円 | 5.0% |
| フェーズⅡ後(グループC) | 0.1円 | 0.5% |
離散性説が正しければ、2014年9月末の権利落ちから、これらの銘柄の落ち幅は配当にぐっと近づいたはずです。フェーズⅠの対象なら、説明できる不足の上限が25%から5%へ、20ポイント縮む。これは検証として十分な大きさです。
そして、3回目が来る
呼値の制度はもう一度変わります。取引所の公表文です。
2027年3月1日からは現行の指数区分(TOPIX500構成銘柄)に基づく呼値の単位の設定から、銘柄ごとの流動性(流動性指標としてSTR(Spread to Tick Ratio)を用います。)に基づき適用する呼値の単位を決定する制度に変更します。
指数区分ではなく銘柄ごとの流動性で呼値が決まるようになるので、銘柄によって呼値が細かくなったり粗くなったりします。第2部で見た「3,000円の段差」も作り直されるはずです。
つまり、2027年3月1日を挟んで、同じ検証がもう一度できる。
私はやっていないし、やった人も見つけられなかった
正直に書きます。私はこの検証をしていません。 だましの後検証のときと同じで、個別銘柄の日次株価データを実行環境で取得できないためです。
また、日本の呼値縮小を使って配当落ち幅を検証した公開資料も、探した範囲では見つかりませんでした(取引所のワーキング・ペーパーはスプレッド・執行コスト・ボラティリティを扱っていて、配当落ちは対象外です)。「存在しない」ではなく「私は見つけられなかった」という意味です。
ですから、この節は結論ではありません。日本にも検証の材料が2回分あり、3回目の日程が決まっているという事実の記録です。
第6部:刻みは「原因」ではなく「誤差」である
ここまでは「落ち幅がいくらになるか」の話でした。もう1つ、測定の側の話があります。
気配の跳ね返りが生む誤差
落ち幅は、2つの終値の差で測ります。配当付最終日の終値と、権利落ち日の終値です。
終値は約定価格なので、買い気配で付くか売り気配で付くかで1スプレッド分ぶれます。スプレッドが最小(1呼値)で、どちら側に付くかが五分五分だとすると、1日分のぶれの標準偏差は呼値の半分。2日分の差を取るので、
落ち幅の測定ノイズの標準偏差 ≈ 0.707呼値
これを配当で割ります。
| ケース | 刻み由来のノイズ | 値動き由来の誤差(前回計算) | 比 |
|---|---|---|---|
| プライム平均・その他銘柄 | 9.5% | 141% | 14.8倍 |
| プライム平均・TOPIX500 | 1.9% | 141% | 73.9倍 |
| 低位株300円・利回り3% | 15.7% | 100% | 6.4倍 |
前回、1回の観測から落ち幅倍率を推定したときの標準誤差は1.50(=配当の150%)だと計算しました。研究が出した0.5倍から2.0倍までの全部が、誤差1個ぶんに収まる、という話です(前回は1回あたりの配当利回りを1.0%と置いた代表値。上の表は各ケースの実際の配当利回りで計算し直しているので141%・100%になります)。
どちらで見ても、刻み由来のノイズは値動き由来の6〜74分の1しかありません。
だから、順番はこうなる
刻みを完全になくしても、1回の観測から落ち幅は推定できない。 呼値が0.001円になっても、値動きのばらつきは1ミリも減らないからです。
これは前回の結論を否定するのではなく、内訳を1つ埋めたということです。落ち幅が分からない理由の内訳は、ざっくり「刻み1割・値動き9割」。刻みを直しても、9割は残ります。
ただし、系統的なずれは別の話
ここで、第4部で置いた自分に不利な材料が効いてきます。
跳ね返りがランダムなら、上に書いたとおり単なるノイズで、たくさん集めれば消えます。ところが権利落ち日に売り注文が系統的に多いなら、配当付最終日の終値は売り気配寄り、権利落ち日の終値は買い気配寄りに偏ります。そうなると誤差ではなく、片方向のずれになります。
Al Yahyaee et al. (2008) が「ミクロ構造を調整したら配当と有意差がなくなった」と報告したのは、まさにこの部分です。Frank & Jagannathan (1998) の香港の説明も同じ構造でした。
したがって、正しい言い方はこうなります。
丸め(離散性)では、日本の観測のばらつきを説明できない。ただし「終値のどちら側で測ったか」は、測定に系統的なずれを持ち込みうる。
そして個人が後者を取り除くには、終値ではなく仲値(買い気配と売り気配の中央)の履歴が要ります。個人の口座の履歴には残りません。前回の「個人には確かめられない」という結論は、ここでも変わりません。
第7部:それでも刻みが効く場所——低位株
離散性説は日本の配当落ちを説明できません。しかし、測定の途中で出てきた表には、順張りにそのまま使える発見が1つあります。
株価が低いほど、あらゆる判断が刻みに支配される
その他銘柄(TOPIX500構成銘柄でない銘柄)について、3つの数字を並べます。
| 株価 | 呼値 | 往復コストの下限 | 呼値÷1回配当(2.13%) | 損切り−8%は何呼値か |
|---|---|---|---|---|
| 150円 | 1円 | 0.667% | 62.6% | 12.0呼値 |
| 300円 | 1円 | 0.333% | 31.3% | 24.0呼値 |
| 500円 | 1円 | 0.200% | 18.8% | 40.0呼値 |
| 800円 | 1円 | 0.125% | 11.7% | 64.0呼値 |
| 1,000円 | 1円 | 0.100% | 9.4% | 80.0呼値 |
| 2,000円 | 1円 | 0.050% | 4.7% | 160.0呼値 |
| 3,485円 | 5円 | 0.143% | 13.5% | 55.8呼値 |
150円の銘柄では、
- 何もせずに往復するだけで0.667%(実効コストの記事の計算)
- 1回の配当が1.6呼値分しかない
- 損切り−8%のラインが12呼値しかないので、板が数枚動くだけで発動しうる
「安いから枚数を持てる」という発想は、この3つを全部悪くする方向に効きます。ポジションサイジングは金額で決まるので、株価が低くても許容損失は変わりません。変わるのは解像度のほうです。
除外条件を1行足す
52週高値スクリーニングの具体的条件で、私は3層の条件(位置・流動性/規模・過熱の除外)を作りました。ここに4つ目の除外条件を足せます。
呼値 ÷ 株価 が 0.1% を超える銘柄を外す
その他銘柄なら株価1,000円未満が該当します(呼値1円 ÷ 1,000円 = 0.1%)。TOPIX500構成銘柄なら、この条件でほぼ引っかかりません(1,000円以下でも呼値0.1円なので0.01%)。
条件の中身が呼値表から一意に決まるので、条件を四半期に1回しか変えないという運用とも噛み合います。ただし2027年3月1日に表そのものが変わるので、そのときは見直しが要ります。
「安い株ほど不利」を、感覚ではなく式で言えるようになった
低位株が不利だという話は、よく言われます。ただ、たいていは「値動きが荒いから」「材料に振られるから」という説明です。
呼値表で見ると、理由がもっと単純です。同じ1%を表現するのに必要な刻みの数が違う。そして刻みの数は、コストにも、配当落ちにも、損切りラインにも、同時に効きます。
これは道具の記事で書いた「道具は勝率でなく判断を求められる回数を変える」と同じ形です。呼値は価格の解像度を変える。解像度が粗いほど、同じルールが粗い判断になる。
第8部:自分に不利な材料
この記事は「ある説を否定する」という形なので、否定しすぎないための材料を先に出します。
1. 離散性説は「間違い」ではなく「足りない」 丸めは実在します。値段は格子の上にしか止まれません。第2部の計算が示したのは「効果はあるが、観測されているばらつきを説明する大きさではない」ということで、「ゼロだ」ということではありません。
2. ミクロ構造は、測定の側では確かに効いている Al Yahyaee et al. (2008) が「気配を調整したら配当と有意差がなくなった」と報告している以上、「終値で測る」という手続き自体が結果を作りうる、というのは事実です。第6部でそのまま認めました。
3. Graham, Michaely & Roberts (2003) は、呼値だけを変えた実験ではない 1997年5月のキャピタルゲイン減税が同じ期間に起きていて、論文自身がその効果を報告しています。したがって「小数化したのに異常が増えた」を、小数化だけの効果として読むことはできません。
4. 米国の1/8時代の計算は、私の仮定である 株価40ドル・配当利回り3.5%・四半期配当という前提は、私が置いたものです。当時のNYSEの実際の平均株価と利回りを一次資料で確認していません。桁の話としては動きませんが、35.7%という数字そのものは試算です。
5. 「年2回」は全社には当てはまらない 中間配当を出していない会社では1回の配当が2倍になり、呼値÷配当は半分になります(=離散性説にとってさらに不利)。逆に四半期配当の会社では1回の配当が半分になり、比率は2倍になります(=離散性説にとって有利)。四半期配当は日本ではまだ少数ですが、ゼロではありません。
6. 株価平均は、私が割り戻した数字である プライム3,485円・スタンダード1,701円は、平均配当金 ÷ 単純平均利回り で計算したものです。取引所が公表している株価平均そのものではありません。
7. Bali & Hite (1998) の原論文を読んでいない 本文は取得できませんでした(robots.txt)。説の内容は、要旨と、この説を引用・検証している他の論文の記述に基づいています。私が反論している相手は、二次文献経由の像です。
8. 香港の0.5倍を「刻みでは説明できない」と書いたが、香港の呼値を確認していない Frank & Jagannathan の説明はスプレッド全体の話で、呼値1つ分とは限りません。当時の香港の実際のスプレッド幅を確認していないので、この点は保留です。
9. スプレッド=1呼値は最良ケースの仮定 薄い銘柄ではスプレッドが2呼値・3呼値に広がります。その場合、第2部の「呼値÷配当」は2〜3倍になり、ミクロ構造で説明できる範囲は広がります。私の計算は、離散性説に対していちばん厳しい前提を置いています。
10. この記事は、前回の結論を変えていない 落ち幅は依然として分かりません。消えたのは候補の1つだけです。「原因が分かった」でも「刻みは無関係だ」でもありません。
第9部:実装
実装1:落ち幅の建玉調整は、変えない
前回の実装(権利落ちをまたぐなら建玉を19〜40%小さくする)は、そのままです。
理由は第6部の内訳です。落ち幅が読めない原因は刻み1割・値動き9割。刻みの側を理解しても、9割は残ります。したがって対策も変わりません——入口のサイズを動かす。出口を日付で動かさないという原則も変わりません。
実装2:除外条件に「呼値÷株価」を1行足す
スクリーニングの条件に加えます。
【除外】呼値の単位 ÷ 株価 > 0.1% の銘柄は候補から外す
・その他の銘柄 → 株価1,000円未満が該当
・TOPIX500構成銘柄 → ほぼ該当しない
※呼値の単位の表は取引所が公表している。2027年3月1日に制度が変わる予定
外す理由は3つ同時です。往復コストが高い/配当落ちが刻みに丸められる/損切りラインが少ない呼値数で表現される。
実装3:落ち幅を自分で測ろうとしない
もし「自分の銘柄で落ち幅を測れば分かるのでは」と思ったら、この記事の第6部を思い出してください。
- 終値で測ると、気配のどちら側で付いたかのずれが乗る
- そのずれを取り除いても、値動き由来の誤差がその6〜74倍残る
- しかも同じ日に一斉に権利落ちするので、銘柄を増やしても誤差は消えない(前回の計算)
測っても分かりません。 分からないことが分かっているなら、測る時間を週末の20分に回したほうが得です。
実装4:「〜のせい」を、桁で確かめる癖
この記事の作業は、要約するとこうでした。
- もっともらしい説明を見つけた(刻みのせい)
- その説明が最大でどれだけ効きうるかを計算した(配当の3〜14%)
- 説明すべき現象の大きさと比べた(22〜100%、しかも方向が逆)
- 桁が合わないので、その説明は主因ではないと判断した
これは配当落ちに限りません。「地合いのせい」「決算のせい」「需給のせい」——どれも上限を見積もれば、主因かどうかは判定できます。記録に書く「なぜ今日か」も、同じ検算にかけられます。
確認の一問
その説明は、いま起きていることの大きさを作れるか?
作れないなら、正しくても主因ではありません。
留保
- 呼値の単位の表は執筆時点(2027年2月28日まで適用)のものです。2027年3月1日から銘柄ごとの流動性(STR)に基づく制度へ移行予定で、本記事の数値はその時点で作り直しが必要になります。
- 配当額の前提(プライム平均74.23円、スタンダード平均39.97円、年2回等分)はすべて平均と仮定であり、個別銘柄には当てはまりません。
- 単純株価平均(プライム3,485円・スタンダード1,701円)は、平均配当金を単純平均利回りで割った筆者の計算値で、取引所公表の株価平均そのものではありません。
- 米国の1/8時代・小数時代の「呼値÷配当」は、株価と配当利回りを筆者が仮定した試算です。
- スプレッド=1呼値という前提は最良ケースです。実際のスプレッドはこれより広く、その場合ミクロ構造で説明できる範囲は広がります。
- Bali & Hite (1998) の原論文本文は未確認です。説の内容は要旨および他の論文による記述に基づきます。同様に、Liljeblom et al. (2001) の数値はアールト大学ワーキングペーパー経由です。
- Graham, Michaely & Roberts (2003) の結果は、同時期のキャピタルゲイン減税の効果と分離されていません。論文自身が両方を報告しています。
- 日本の呼値縮小(2014年)を使った配当落ちの検証は、筆者が行っておらず、公開された検証も見つけられませんでした。「存在しない」という意味ではありません。
- 東証4,083銘柄・権利落ち日56,319件の月別内訳は、個人ブログの集計であり査読を経ていません(前回と同じ扱いです)。
- 本記事は個別銘柄の実データを取得して再検証していません。取り上げた数値は他者の集計と、筆者の仮定に基づく計算です。
- 筆者は税理士ではなく、税務に関する記述は公表資料に基づく一般的な整理にすぎません。
まとめ
- 離散性説(Bali & Hite 1998)は実在する学説で、予測も明快。落ち幅=配当を1つ下の呼値に丸めた額。不足は最大でも1呼値
- 日本の呼値表で測ると、1呼値は1回の配当のプライム平均13.5%/TOPIX500構成銘柄2.7%/スタンダード平均5.0%。低位株では300円で22.2%、150円で66.7%
- 3,000円の段差が、往復コストと配当落ちの分解能に同時に5倍効く。呼値表は「コストの表」であると同時に「価格の解像度の表」だった
- この説がもっともらしく見えた理由も計算で出る。**1966-67年のNYSEは呼値が1回配当の約35.7%**で、観測された不足22.3%を1呼値の6割で説明できてしまった
- しかし予測は外れた。Graham, Michaely & Roberts (2003) は小数化後に異常リターンが増えたと報告し、Jakob & Ma (2004) は3つの呼値レジームで有意な減少なし
- 決定的なのは方向。丸めは落ち幅を小さくする方向にしか効かないのに、日本で説明が要るのは**「高配当上位50は約2倍落ちる」と「12月末はむしろ上がる(+0.709%)」**。どちらも原理的に作れない
- 測定の側でも桁が違う。刻み由来のノイズは配当の1.9〜15.7%、値動き由来の誤差は配当の100〜141%(前回の代表値は150%)。比で6〜74倍。刻みをゼロにしても推定はできない
- 不利な材料も出した。Al Yahyaee et al. (2008) は無税かつ小数表示の市場で「気配を調整すると配当と有意差なし」と報告している。ミクロ構造は測定の側では効いている
- 日本には検証の材料が2回分ある(2014年1月14日・7月22日の呼値縮小)。そして2027年3月1日のSTR移行で3回目が来る。筆者は検証しておらず、公開された検証も見つけられなかった
- 実務の持ち帰りは1つ。除外条件に「呼値÷株価 > 0.1% を外す」を足す(その他銘柄なら株価1,000円未満)。低位株はコストが高く、配当落ちも損切りラインも刻みに丸められる
前回の最後に、私は「読めないものは読まない」と書きました。今回やったのは、その「読めない」を少しだけ解剖する作業です。
分かったのは、読めない理由の1割が価格の刻みで、9割は値動きだということ。そして刻みのほうは、取引所が数字を公表しているので上限を計算できるということ。
「これのせいだ」と言われたときに、それが最大でどれだけの大きさを作れるかを先に計算する。この手つきは、配当落ちよりずっと広い場面で使えます。買った理由も、負けた理由も、たいてい同じ検算にかけられます。
作れない大きさは、原因ではありません。
次の一歩
次に読む:配当落ちで株価はいくら下がるのか(記事048)/手数料ゼロ時代の実効コスト(記事045)/配当・優待・貸株が出口を歪める(記事046)/年末の損出しと損益通算(記事047)
あわせて:損切りラインの決め方(記事011)/ポジションサイジング入門(記事014)/52週高値スクリーニングの具体的条件(記事028)/エントリー前チェックリスト10項目(記事033)/トレード記録のつけ方(記事037)/史上最高値を買った後に起きたこと(記事039)/新高値銘柄の探し方(記事042)/モメチンに必要な道具一式(記事043)/NISAで順張り(モメチン)はできるのか(記事044)
免責事項
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品・金融機関・サービスの取得、売却、保有、利用を推奨・勧誘するものではありません。また、投資助言・税務助言を行うものでもありません。筆者は税理士ではなく、本記事の税務に関する記述は公表資料に基づく一般的な整理にすぎません。 記載の制度、税率、取引所の売買制度(呼値の単位・基準値段・制限値幅を含む)、各社のサービス仕様は執筆時点の公表資料に基づくものであり、その後変更されている可能性があります。呼値の単位については2027年3月1日からの制度変更が公表されています。 実際の売買制度は、必ずご利用の金融機関および日本取引所グループの公表資料をご確認ください。本記事の内容は筆者個人の見解に基づくものであり、正確性・完全性を保証するものではありません。記載の計算例はすべて架空の前提に基づくものであり、将来の値動きを予測するものではありません。 引用した研究の数値は、原論文または公表された要旨・二次引用に基づくもので、解釈の誤りがありうることをお断りします。投資には元本割れを含むリスクがあります。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任と判断において行ってください。本記事の情報を利用して生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いません。過去の実績や調査結果は、将来の成果を保証するものではありません。