年末の損出しと損益通算|「12月に損を確定させる」は節税ではない。税は消えず、後ろにずれるだけだから

本記事は情報提供を目的とした個人の見解であり、投資の勧誘・助言ではありません。筆者は税理士ではなく、本記事は税務助言ではありません。 記載の制度・税率・各社のサービス仕様は執筆時点の公表資料に基づくもので、その後変更されている可能性があります。個別の税務上の取扱いは、所轄の税務署または税理士にご確認ください。投資判断はご自身の責任でお願いします。

リード

12月になると、こういう話を見かけます。

「含み損の銘柄があるなら、年内に売って損を確定させておきましょう。利益と相殺できて税金が戻ってきます。損出しです。」

これは制度の説明としては正しいです。私も何度かやりました。

ただ、実際に手を動かしてから、ひとつ気になることがありました。売った銘柄を、その日か翌日に同じ値段で買い戻しているのです。

保有しているものは変わりません。株数も変わりません。変わったのは、証券口座の中の「取得単価」という数字だけです。

そして、その取得単価は下がっています。ということは、次にその株を売って利益が出たとき、課税される利益はその分だけ増えます

つまり、こういうことです。

損出しで消えた税金は、消えていません。将来に移動しただけです。

これは制度の欠陥ではありません。取得価額を引き継ぐ以上、当然そうなります。問題は、この当然のことが「節税」という言葉でほぼ完全に隠れてしまうことです。

調べてみると、次のことが分かりました。

  • 損出しで実際に手元に残るのは、税を後ろにずらしている間の金利分だけ。50万円の損失なら見かけの節税額は101,575円だが、3か月後に買い直した株を売るなら、実質は252円(年1%換算・自作計算)
  • したがって便益は繰延べ期間に比例する。同じ50万円の損出しでも、20年放っておく人と3か月で回す人では価値が約73倍違う
  • 一方、コストは回数に比例する実効コストの記事で確認した性質)。買い戻せば往復スプレッドを払い、翌営業日まで待てばブレ幅を引き受ける
  • つまり数日〜数週間で回す順張りの口座は、損出しの便益が最も小さく、コストが最も大きい側にいる
  • しかも同日に買い戻すと、取得単価が平均化されて損失そのものが半分になることがある(自作計算・後述)
  • そして最も重要なこと。12月に損出しできる銘柄を持っていること自体が、11月までに損切りルールが働かなかったという記録である

最後の一点が、この記事の本題です。

この記事は、NISAの記事実効コストの記事配当と優待の記事と同じ形——手法の外側にある枠を1枚だけ足して、既存の設計がどう歪むかを見る——の4回目です。


結論:損出しは節税ではなく繰延べ。順張りにとっては「検出器」として使う

  • 損出しをして買い戻すと、取得単価が下がる。将来の課税益はその分増える。したがって節税額は消えず、後ろにずれるだけ
  • 手元に残るのはずらしている間の金利分。年1%・3か月なら、見かけの節税額の**0.25%**しか残らない
  • 便益は時間に比例し、コストは回数に比例する。これは実効コストの記事で書いた性質のちょうど鏡像で、順張りは両方の意味で不利な側にいる
  • チェックリストの資金逆算(総資産300万円・許容損失1%・損切り−8% = 建玉37.5万円)で計算すると、見かけの節税額6,094円に対し、実質の便益は15円、往復コストは573円、翌営業日まで待つブレ幅は6,900円
  • 同日に買い戻すと取得単価が平均化される。1,000株を@2,000円で持ち@1,500円で損出しした場合、譲渡損は50万円ではなく25万円になり、節税額は半分になる
  • 12月は、勝ちを早く切り負けを持ち続ける偏り(処分効果)が1年で唯一逆転する月。Odean (1998) では1〜11月は含み益の実現率が含み損より高い(0.152 vs 0.094)のに、12月だけ逆転する(0.108 vs 0.128)
  • つまり損出しは、税制が損切りを代行してくれる仕組みでもある。ただし決定的な違いがひとつ——損切りは戻らない。損出しは買い戻す
  • したがって順張りにとっての正しい使い方は節税ではなく検出。12月の損出し候補リストは節税リストではなく、「値動きの条件が壊れたのに降りていない銘柄」の一覧である
  • 実務のトラップは主に4つ。受渡日基準(年内最終約定は大納会の2営業日前)/同日買い戻しの平均化/繰越控除は3年かつ取引のない年も連続申告/合計所得金額は繰越控除“前”の金額

第1部:損出しは「税が消える」のではなく「税が後ろにずれる」

数字を1本の線で追う

架空の例で、最後まで追いかけます。

前提:ある銘柄を200万円で買い、今150万円(含み損50万円)。同じ年に、別の売買で50万円の利益を実現していて、そこには20.315%(国税庁 No.1330 の所得税15.315%+地方税5%)が源泉徴収されている。

やらない場合。 利益50万円に対する税101,575円をそのまま払う。含み損の銘柄は取得価額200万円のまま持ち続ける。将来これを価格 P で売れば、課税されるのは「P − 200万円」。

やる場合(損出し)。 150万円で売り、同じ株数を150万円で買い戻す。譲渡損50万円が利益50万円と相殺され、税は0になり101,575円が戻る。ただし新しい取得価額は150万円になる。将来これを価格 P で売れば、課税されるのは「P − 150万円」= やらない場合より50万円だけ利益が大きい。追加の税は101,575円

並べると、こうなります。

今年の税将来その株を売ったときの税合計
損出しをしない101,575円X 円X + 101,575円
損出しをする0円X + 101,575円X + 101,575円

合計は同じです。 変わったのは、101,575円を払うタイミングだけです。

これは制度の抜け穴でも欠陥でもありません。取得価額を引き継ぐ以上、そうなるほかありません。ただ「節税」という言葉は、合計が減ったような印象を与えます。減っていません。

では便益はゼロなのか——繰延べには値段がつく

ゼロではありません。101,575円を n 年間手元に置ける、という価値があります。

その資金を年 r で運用できるなら、価値はこうです。

繰延べの価値 = 節税額 × { 1 −(1 + r)^(−n) } ≒ 節税額 × r × n

実際に計算すると次のとおりです(実現損失50万円=見かけの節税額101,575円の場合)。

繰延期間 n年0.5%年1%年3%
3か月127円252円748円
1年505円1,006円2,958円
3年1,509円2,987円8,619円
10年4,942円9,620円25,994円
20年9,643円18,330円45,335円

(自作計算。r は税引後で運用できる利回りの仮定です)

見かけの節税額は101,575円ですが、3か月で買い直した株を売るなら、実際に手元に残るのは252円です。0.25%です。

そして表を縦に見ると、この記事でいちばん大事な性質が出ています。

同じ50万円の損出しでも、20年放っておく人(18,330円)と3か月で回す人(252円)では、価値が約73倍違います。

便益は「時間」に比例する。しかし順張りは時間を短くする手法である

損出しの便益は、繰延期間 n に比例します。n は何で決まるか。次にその含み益を実現するまでの期間です。

  • 買って20年持つ人:n は20年。損出しの価値は大きい
  • 数日から数週間で回す順張り:n は数週間から数か月。損出しの価値はほとんどない

これは手法の優劣ではありません。同じ制度が、回転の速さによって別の意味を持つというだけです。

そして順張りは、時間軸を意図的に短くする手法です。デイトレとスイングの記事で書いたとおり、私が選んでいるのは数日から数週間です。つまり損出しの便益が最も小さくなる側に、自分から立っています。


第2部:コストは回数に比例する——実効コストの記事の、ちょうど鏡像

前の記事で確認した性質

手数料ゼロ時代の実効コストの記事で、こう書きました。

現物の往復コストの式には、保有期間が入っていない。コストは回数に比例し、保有期間にはほぼ比例しない。

損出しの便益は、これと正反対の形をしています。

何に比例するか
損出しの便益繰延期間(時間) に比例
損出しのコスト回数 に比例

損出しは「売って買い戻す」=必ず1往復を追加する行為です。したがって、往復コストが1回分まるごと乗ります。

コストの下限は、実効コストの記事で使った式で出せます。

往復コストの下限 = 呼値の単位 ÷ 株価

同じ800円でも指数区分で10倍違い、2,990円と3,010円で5倍の段差があるという、あの表です。

ブレークイーブン:この往復コストを取り返すには何年寝かせる必要があるか

便益 = 節税額 × { 1 −(1+r)^(−n) }、コスト = 買い戻し金額 × 往復コスト率。これを等号で結んで n について解くと、「往復コストを回収するのに必要な繰延期間」が出ます。

元本100万円のポジションが含み損を抱えている、として計算しました(自作計算)。

呼値からの往復コスト率含み損年1%で回収に必要な年数年3%なら
0.0247%(TOPIX500・株価2,000円)−8%1.42年0.48年
0.0247%(同上)−25%0.37年0.12年
0.1661%(その他・株価3,010円)−8%9.92年3.34年
0.1661%(同上)−25%2.50年0.84年
0.3333%(その他・株価300円)−8%21.01年7.07年
0.3333%(同上)−25%5.07年1.71年

読み方はこうです。株価3,010円の「その他」銘柄で、含み損8%の状態で損出しをすると、往復コストを取り返すのに(年1%換算で)約10年かかります。

数日から数週間で回す口座で、10年寝かせることはありません。つまり回収できません

含み損が深いほど(節税額が大きくなるので)回収は早くなり、呼値の細かい大型株ほど有利になります。この2つが揃わない限り、順張りの回転速度では往復コストのほうが大きくなります。

チェックリストの資金逆算に代入する

もっと具体的にします。エントリー前チェックリストの資金逆算——総資産300万円・1トレードの許容損失1%・損切り−8%——だと、1銘柄あたりの建玉は37.5万円でした。

この銘柄が損切りに触れる位置、つまり含み損30,000円(−8%)で年末を迎えたとします。

項目金額
見かけの節税額(30,000円 × 20.315%)6,094円
実際に残る額(=繰延べの価値・年1%で3か月)15円
買い戻しの往復コスト(呼値の下限0.1661%)573円
翌営業日に買い戻すまでのブレ幅(日次2%の1σ)6,900円

見かけの節税額6,094円に対し、繰延べの価値は15円しかない。一方、買い戻しの往復コストは573円、翌営業日まで待つブレ幅は1σで6,900円になる

往復コストは繰延べの価値の38倍。翌営業日まで持ち越すブレ幅にいたっては460倍で、見かけの節税額そのものさえ上回ります

NISAの記事で節税額の9.7〜32.4倍、配当と優待の記事で配当の5.0倍・優待の15.0倍という非対称が出ました。これで4回目です。

受け取る額は小さく、そのために設計を歪めたときのコストは桁がひとつ大きい。 手法の外側の制度を扱うと、毎回この形になります。

同日に買い戻すと、損失そのものが半分になる

もうひとつ、順張りにとって効いてくる仕様があります。取得費は総平均法に準ずる方法で計算される国税庁 No.1466)ため、同じ日に売って買い戻すと、その日の買付が平均に取り込まれます。

大手証券会社の説明が明快なので、要旨を引きます(本記事では社名は挙げません。出典は sources.md に記録しています)。

「売り」が先であっても「買い」が先にあったものとみなして取得単価を計算します。/前日から繰越された取得価額と当日の全ての買付の取得価額を平均した価額で計算し、その日の最後にすべての売却があったものとして計算されます。

数字にすると、こうなります(自作計算)。

前提:1,000株を@2,000円で保有(取得価額200万円)。現在の株価は1,500円。同じ日に1,000株を@1,500円で売り、同時に1,000株を@1,500円で買い戻す。

  • 平均取得単価 =(200万円 + 150万円)÷ 2,000株 = @1,750円
  • 譲渡損 =(1,500 − 1,750)× 1,000株 = −25万円(狙っていた50万円ではない)
  • 節税額 = 50,788円(狙っていた101,575円の半分
  • しかも手元に残る1,000株の取得単価は**@1,750円**。実際に払った1,500円より250円高い

翌営業日以降に買い戻せば、この平均化は起きません。ただしその代わり、上の表の6,900円のブレ幅を1晩引き受けることになります。

つまり損出しには、同日なら節税額が半減し、翌日以降ならブレ幅を引き受けるという逃げ場のない構造があります。どちらを選んでも、コストは繰延べの価値(15円)より大きくなります。

補足として、筆者が確認した範囲では、日本の個人の上場株式等の譲渡損益について「買い戻したことを理由に損失を否認する」規定は見当たりませんでした(米国のウォッシュセール・ルールに相当するものは確認できていません)。ただし上のとおり、取得価額の平均化が事実上そこに近い働きをします。


第3部:12月は、処分効果が1年で唯一逆転する月

ここまでは算数の話でした。ここからが、この記事を書こうと思った理由です。

1年のうち11か月、人は損を切れない

チキン利食いの記事で、処分効果(ディスポジション効果)の中核データとして Terrance Odean の “Are Investors Reluctant to Realize Their Losses?”(Journal of Finance 1998年, 53巻5号)を使いました。米国のディスカウント証券10,000口座・1987年から1993年のデータです。

そこで使った数字は、年間の集計値でした。

  • PGR = 0.148(実現できたはずの含み益のうち、実際に実現した割合)
  • PLR = 0.098(実現できたはずの含み損のうち、実際に実現した割合)

含み益は含み損の約1.5倍の頻度で実現される。つまり勝ちは早く切り、負けは持ち続ける

今回、同じ論文の月別の内訳を見て、初めて気づいたことがあります。

PGR(含み益の実現率)PLR(含み損の実現率)PGR ÷ PLR
1月〜11月0.1520.0941.62
12月0.1080.1280.84
年間0.1480.0981.51

1月から11月はPGR0.152がPLR0.094を上回るが、12月だけはPLR0.128がPGR0.108を上回り、比率が0.84に逆転する

12月だけ、大小関係が逆転しています。

論文の要旨にはこうあります。

“Tax-motivated selling is most evident in December.”

(税に動機づけられた売却は、12月に最も明確に現れる。)

さらに本文には次の記述があります。

“In December the losses that are realized are of much greater magnitude than those realized throughout the rest of the year.”

(12月に実現される損失は、その他の月に実現される損失より、はるかに大きい。)

そして著者は、PGR ÷ PLR の比率が 1月の2.1から12月の0.85まで低下することを示しています(上の表の0.84は、PGRとPLRの値から筆者が計算したものです。0.85は論文の記載値)。

課税口座かどうかで、行動が変わる

これは米国だけの話でも、Odean のデータだけの話でもありません。

Zoran Ivković、James Poterba、Scott Weisbenner の “Tax-Motivated Trading by Individual Investors”(American Economic Review 2005年, 95巻5号)は、78,000世帯(うち約30,000世帯が課税口座と税繰延口座の両方を保有)の1991年から1996年のデータで、同じ人が、同じ時期に、口座の課税区分によって違う行動をとることを示しました。

“a 25% loss is associated with an 11% higher monthly realization probability in a taxable account, relative to tax-deferred account, in months other than December … while the increase is 81% in December”

(25%の含み損は、12月以外の月では、税繰延口座に比べて課税口座で月次の実現確率を11%高める。12月にはその増加が81%になる。)

つまり税制は、実際に人の売却行動を変えています。 しかも変えている方向は、順張りにとって「正しい」方向です。損を切るほうへ押しています。

しかし、損切りと損出しは決定的に違う

ここで止まると「損出しは処分効果の治療薬」という話になります。ところが、そうではありません。

Mark Grinblatt と Matti Keloharju の “Tax-Loss Trading and Wash Sales”(Journal of Financial Economics 2004年, 71巻1号)は、フィンランドの中央証券保管機関の全投資家データ(1994年12月から2000年5月)で、売った後に何が起きるかを追いかけました。

家計投資家の買い戻し率(売却後25営業日以内に同じ銘柄を買い戻した割合)は、こうなっています。

売却時期25日以内の買い戻し率
年末(年内最終営業日の直前8営業日)8.6%
年初(1月の25営業日)6.1%

差は統計的に強く(z値 = 18.74)、しかも含み損が大きいほど買い戻し率が上がります

年末に売却したポジション25日以内の買い戻し率
30%超の損失17.2%
軽い損失11.7%
利益9.9%

そして論文はこう書いています。

“about 1 in 35 shares sold in late December are repurchased on the same day”

(12月下旬に売却された株式の約35分の1は、同じ日に買い戻されている。)

年初に売却したものが同日買い戻される割合は約100分の1なので、年末は3倍近い頻度です。

さらに、この現象は家計に特有でした。

“wash sales associated with tax-loss trading are a phenomenon that is largely specific to households”

非金融企業(年末28.8% vs 年初28.3%)も金融機関(72.8% vs 72.0%)も、季節性がありません。年末に売って買い戻すのは、個人だけがやっていることです。

整理すると

12月に起きていることは、こうです。

  • 人は1年のうち11か月、含み損を切れない(PLR 0.094 < PGR 0.152)
  • 12月だけ、税制が背中を押して切れる(PLR 0.128 > PGR 0.108)
  • しかし切った後、買い戻している(年末の買い戻し率8.6%、損失30%超なら17.2%、35分の1は同日)

損切りは戻りません。損出しは戻ります。 見た目は同じ「売り」ですが、意味は正反対です。

損切りは「保有する理由が壊れたから降りる」。損出しは「日付が来たので一時的に降りて、また同じ場所に戻る」。

配当と優待の記事で、カレンダーが出口を上書きするという問題を扱いました。あれは「権利日まで持つ」=カレンダーが持たせる方向でした。損出しは切らせる方向です。方向は逆ですが、判定の材料が値動きではなく日付であるという点は同じです。


第4部:順張りにとっての損出しは、節税策ではなく「検出器」

12月の損出し候補リストは、何のリストか

ここまでの話を、自分の口座に当てはめます。

12月末に、含み損を抱えた銘柄がいくつかあるとします。損出しの候補です。

でも、その銘柄はなぜそこにあるのでしょうか。

損切りラインの記事で書いたとおり、私の設計では、買う前に降りる価格を決めています。チェックリストでも、10項目の1番目は「損切り価格を先に書いたか」です。

その設計どおりに動いていれば、含み損が深い銘柄は年末まで残りません。 −8%に触れた時点で降りているはずだからです。

つまり、こうなります。

12月に損出しできる銘柄を持っていること自体が、11月までのどこかで損切りルールが働かなかったという記録です。

損出しの候補リストは、節税の機会リストではありません。未処理のリストです。

「節税になる」は、降りない理由の生産装置になりうる

もっと悪い形もあります。

塩漬け株の記事で、塩漬け製造の2番目のステップとして「理由の後付け」を挙げました。配当と優待の記事では、その理由を制度が無料で供給してくるという話をしました。

損出しにも、同じ働きがあります。10月に条件が壊れた銘柄について、こう言えるからです。

「どうせなら年末まで持って、損出しに使おう」

これは、降りない理由です。しかも税制の言葉で語られるので、値ごろ感や希望的観測よりずっともっともらしく聞こえます。

数字で見ると、この2か月の先送りは割に合いません。建玉37.5万円で得られる繰延べの価値は15円です。一方、現金比率の記事で使った計算(日次ボラ2%)だと、40営業日待つあいだのブレ幅は1σで12.6%——建玉に対して47,000円ほどになります。

15円のために、47,000円のブレを2か月引き受けるという取引です。

判定は、いつもの一問で足りる

塩漬けの記事チキン利食いの記事で使った問いが、ここでもそのまま使えます。

「この銘柄を今持っていなかったとして、今日この値段で新規に買うか?」

  • 買う → 保有する理由が生きている。損出しをする理由はない(売って買い戻せば往復コストを払うだけ)
  • 買わない → 保有する理由が壊れている。12月を待つ理由もない。今日切る

どちらに転んでも、「年末まで持って損出しする」は選択肢に残りません。残るのは、すでに12月末になっていて、切るべきだったものがそこにある場合だけです。そのときは切ってください。ただしそれは損出しではなく、遅れた損切りです。


第5部:実務のトラップ(一次資料で確認したもの)

制度の細部で、知らないと結果が変わるものを並べます。すべて一次資料または各社の公表資料で確認しました(URLは sources.md)。

1. 特定口座は「受渡日基準」。年内最終の約定は大納会の2営業日前

これがいちばん間違えやすい点です。証券会社の説明はこうです。

基準日は受渡日となります。特定口座では、その年の1月1日から12月31日の間に受渡日が含まれる譲渡損益で損益計算を行います。

約定日が年内であっても、受渡日が年をまたぐ場合には翌年の損益計算の対象となります。

国内株式の受渡は約定日から起算して3営業日目(約定日+2営業日)です。つまり年内に間に合わせるには、年内最終営業日の2営業日前までに約定させる必要があります

日本取引所グループの公表資料によれば、直近では**2025年の大納会が12月30日(火)、2026年の大発会が1月5日(月)**でした。年末年始の休業日の入り方によって最終日は動くので、その年の取引所カレンダーで必ず確認してください。「大納会に売れば間に合う」は間違いです。

なお確定申告一般では、株式等の譲渡の時期は原則として引渡しがあった日で、納税者の選択により契約の効力発生の日(約定日)とすることもできます(国税庁の法令解釈通達)。ただし特定口座の年間取引報告書は受渡日で作られます。実務上は受渡日基準で考えるのが安全です。

2. 同日の買い戻しは取得単価が平均化される

第2部で見たとおりです。同じ日に買い戻すと、その日の買付が平均に取り込まれ、狙った損失額の一部しか実現しません

3. 複数口座の通算・繰越控除には確定申告が必要

源泉徴収を選択した特定口座(源泉徴収口座)は、口座内の譲渡損益が自動的に通算され、年末に精算されて、払いすぎた税は翌年の大発会の日に口座へ返戻されます。ここまでは申告不要です。

ただし国税庁はこう書いています(No.1476)。

源泉徴収口座内の上場株式等の譲渡による所得について、他の口座の上場株式等の譲渡損益と相殺する場合や……の適用を受ける場合には、確定申告をする必要があります。

A社の口座で利益、B社の口座で損失という状態は、申告しない限り相殺されません。

4. 繰越控除は3年。取引がない年も申告が要る

その年の利益で引ききれなかった損失は、翌年以降3年間繰り越せます。ただし条件があります(No.1474)。

その後の年において連続して付表の添付のある確定申告書を提出すること/上場株式等の譲渡がなかった年も、譲渡損失を翌年へ繰り越すための申告が必要です

1年でも申告を落とすと、そこで繰越は途切れます。

しかも、繰り越した損失が3年以内に使えるとは限りません。年ごとに利益で使い切れる確率を p として計算すると(自作計算)、

年ごとに使い切れる確率3年以内に使える確率見かけの節税額50万円 × 20.315% に対する期待値
p = 0.365.7%66,735円
p = 0.587.5%88,878円
p = 0.797.3%98,832円

繰越控除に回った損失の価値は、将来利益が出るかどうかに依存するということです。当年に相殺できる利益がある場合の話とは別物です。

5. 合計所得金額は「繰越控除を適用する前」の金額

これがいちばん見落としやすい罠だと思います。

国税庁の確定申告書等作成コーナーは、合計所得金額についてこう説明しています。

ただし、次の繰越控除を受けている場合は、その適用前の金額をいいます。(純損失や雑損失の繰越控除/上場株式等に係る譲渡損失の繰越控除……)

つまり、繰り越した損失で税額がゼロになっても、合計所得金額の側には利益がそのまま乗ります。

合計所得金額は、扶養控除や配偶者控除の判定に使われます(No.1180 の「年間の合計所得金額が48万円以下であること」)。扶養に入っている学生や配偶者が、繰越控除のために申告した結果、税は0円なのに扶養から外れるということが起こりえます。

6. 令和6年度から、住民税の課税方式を所得税と別にはできない

かつては「所得税では申告して還付を受け、住民税では申告不要を選ぶ」という使い分けができました。これはなくなりました。自治体の公表資料はこう書いています。

令和6年度(令和5年分)からは所得税の課税方式と一致させることとなりました。

そして影響範囲についても明記されています。

扶養控除や配偶者控除などの適用、非課税判定、国民健康保険料、後期高齢者医療保険料、介護保険料、合計所得金額や地方税所得割額などを算定基準に用いる行政サービスなど

申告するという判断は、所得税の還付だけの話ではなくなりました。 損益通算や繰越控除のために申告するなら、この副作用を先に確認する必要があります。

7. NISA口座の損失は、そもそも通算も繰越もできない

NISAの記事で書いたとおりです。NISA口座の損失は税務上ないものとされるので、損出しの対象にも、通算の相手にもなりません。損出しの話は課税口座だけの話です。


第6部:それでも損出しが合理的な場面

否定するだけでは片手落ちなので、対称に扱っておきます。

  • 二度と買い戻さないとき。 これは損出しではなく、ただの損切りです。往復ではなく片道なので、第2部のコストの半分しか払いません。しかも本来切るべきだったものを切っているので、税はおまけです。これがいちばん健全な形です
  • 繰延期間が長いとき。 第1部の表のとおり、20年寝かせるなら年1%でも18,330円になります。長期保有の口座では、損出しは実際に価値があります。この記事が扱っているのは数日から数週間で回す順張りの口座の話です
  • 当年に大きな実現益があり、翌年以降は取引を減らす予定のとき。 n が長くなる方向なので、価値は上がります
  • 呼値が細かい大型株で、含み損が深いとき。 ブレークイーブンの表で見たとおり、TOPIX500構成銘柄で含み損25%なら、年1%でも0.37年で回収できます
  • 金利が上がったとき。 繰延べの価値は r に比例します。年3%なら、同じ50万円・3か月でも748円になります。ゼロ金利前提の話ではありません
  • 相場全体が崩れていて、どのみち現金比率を上げる局面。 現金比率の記事の設計でポジションを縮めるなら、その売却が結果として損出しになるのは自然です。取りに行くのではなく、結果としてそうなるなら問題ありません

共通しているのは、損出しを目的にしていないという点です。目的にした瞬間、日付が出口を決めます。


第7部:自分に不利な材料

この記事の主張に反する材料を、自分から出します。

1. 損出しは実在するし、家計に特有というだけで「間違い」の証拠ではない。 Grinblatt & Keloharju が示したのは行動の存在であって、損得ではありません。機関投資家に季節性がないのは、そもそも課税されない主体が多いからだとも解釈できます。

2. 繰延べの価値は、期間が長ければ本物。 「実質252円」は3か月・年1%という前提での数字です。前提が変われば結論も変わります。長期投資の文脈で損出しが推奨されているのは、それなりに理由があります。

3. 源泉徴収ありの1口座内で完結するなら、手間も副作用もほぼゼロ。 申告不要なので、第5部の5・6の問題は起きません。この場合、払うコストは往復スプレッドとブレ幅だけです。私のコスト側の主張は、その分だけ小さくなります。

4. 12月の逆転は、順張りにとって「正しい方向」の押し。 これは本気で認めます。チキン利食いの記事で見たとおり、人は負けを持ち続けます。年に一度、税制がその偏りを打ち消す方向に押してくれるなら、それは口座にとって良いことです。問題は、押された後に買い戻すことだけです。買い戻さないなら、私はこの慣習に反対しません。

5. 「11月までに切れているはず」は、私の設計の話であって普遍的な話ではない。 損切りラインを置かない手法や、時間軸の長い手法では、年末に含み損を持っていることは何の異常でもありません。この記事の第4部は、このブログの設計を採用している人にだけ当てはまります

6. 呼値からの往復コストは「下限」。 実効コストの記事の第7部で自分から出したとおり、指値で忍耐強く執行すれば、コストは下限より小さくなりえます。逆に薄商いなら大きくなります。


第8部:設計(意志ではなく手順で)

いつもどおり、対策は「気をつける」ではなく手順にします。

① 12月に損出しの話をする前に、11月末に保有理由の点検を回す。 やることは1つだけです。含み損の銘柄について「今持っていなかったら、今日この値段で買うか」を一問ずつ。答えが「買わない」なら、そこで切ります。12月まで持ち越しません。この手順を回すと、12月の損出し候補はほとんど残りません。

② 損出しを「売る判断」ではなく「買い戻す判断」として書く。 売るところは誰でも決められます。難しいのは戻るところです。買い戻しの条件を、値動きの言葉で先に書いてください。「1月に戻す」は日付なので条件ではありません。「戻すなら、その時点で新規に買える形になっていること」が条件です。形になっていないなら、それは買い戻すべきではない銘柄です。

③ 買い戻すなら、翌営業日以降・同じ株数・指値で。 同日は取得単価が平均化されて損失が半減します。翌営業日以降ならブレ幅を引き受けますが、そのぶん指値で入れば往復コストの片側は削れます(実効コストの記事の「入口では削れる、出口では削れない」)。

④ 申告するかどうかは、還付額だけで決めない。 繰越控除のために申告するなら、合計所得金額に利益が乗ること(繰越控除の適用前の金額であること)と、住民税側でも同じ課税方式になることを先に確認します。扶養・国民健康保険料・各種行政サービスの判定に効きます。金額が大きい場合は税務署か税理士に確認してください。

⑤ 記録には、損出しをタグとして残す。 トレード記録の記事のタグ別集計に「損出し」を足しておくと、翌年に答え合わせができます。買い戻した銘柄がその後どうなったか。そのタグの期待値がマイナスなら、来年はやらない、という判断ができます。

コピー用に、11月末に開くメモを置いておきます。

【11月末・保有理由の点検】
含み損の銘柄それぞれについて:
 1. 今持っていなかったら、今日この値段で新規に買うか?
    → 買う : 保有継続。損出しはしない(往復コストを払うだけ)
    → 買わない: 今日切る。12月を待たない
 2. それでも年末まで持つ理由を書いてみる
    → 書いた理由に「税」「損出し」の語が入っていたら、それは降りない理由
【もし12月末に含み損の銘柄が残っていたら】
 ・それは節税の機会ではなく、切り遅れの記録
 ・切るのはよい。ただし「損出し」ではなく「遅れた損切り」と記録する
 ・買い戻すなら、値動きの条件で。日付では戻さない

留保

  1. 筆者は税理士ではありません。 この記事は公表されている一次資料を読んで整理したものです。税率・控除・申告の要否は個人の状況で変わります。個別の取扱いは必ず所轄の税務署または税理士にご確認ください

  2. 第1部の「合計は同じ」は、将来その株を売って課税される利益が出ることを前提にしています。 将来さらに値下がりして損失で終わる場合や、税率が変わる場合、相続などで課税関係が変わる場合には、この対応関係は成立しません

  3. 繰延べの価値の計算に使った r(年0.5%〜3%)は仮定です。 「その資金を税引後で運用できる利回り」という意味で置いていますが、実測値ではありません。r が高いほど損出しの価値は上がります

  4. 往復コストは呼値の単位から出した下限です。 実際には流動性やスリッページで大きくなり、指値で待てば小さくなります。また呼値の制度は2027年3月1日から流動性ベース(STR)へ移行する予定です

  5. 数値例(総資産300万円・建玉37.5万円・日次ボラ2%・含み損8%など)はすべて架空の前提です。 実測値ではありません

  6. Odean (1998) と Ivković ほか (2005) は米国の1980〜90年代のデータ、Grinblatt & Keloharju (2004) はフィンランドのデータです。 税制も市場も日本とは違います。特にフィンランドは米国のようなウォッシュセール規制がない市場として分析されており、そのまま日本に当てはまるとは限りません。借りているのは数値ではなく「12月に何が起きるか」という構造です

  7. Grinblatt & Keloharju の数値は、公開されているワーキングペーパー版から取りました。 刊行版との一致は未確認です

  8. 同日売買の取得単価の扱いは、複数の証券会社の公表説明と国税庁の総平均法に準ずる方法から整理したものです。 会社や商品によって実装が異なる可能性があります

  9. 繰越控除の期待値の計算(p = 0.3 / 0.5 / 0.7)は、年ごとの独立を仮定した単純なモデルです。 実際には相場環境が年をまたいで相関します

  10. 第4部の「11月までに切れているはず」は、このブログの設計(買う前に降りる価格を決める)を前提にした話です。 別の設計では当てはまりません


まとめ

  • 損出しをして買い戻すと取得単価が下がる。将来の課税益はその分増えるので、税は消えず後ろにずれるだけ。手元に残るのは、ずらしている間の金利分だけ
  • 便益は繰延期間に比例し、コストは回数に比例する。同じ50万円の損出しでも、20年寝かせる人(18,330円)と3か月で回す人(252円)では約73倍違う
  • チェックリストの資金逆算で計算すると、見かけの節税額6,094円に対し、実質は15円、往復コストは573円、翌営業日まで待つブレ幅は6,900円受け取る額より、歪めたコストのほうが桁がひとつ大きい
  • 同日に買い戻すと取得単価が平均化され、損失が半分になる(50万円 → 25万円)。翌日以降なら平均化は避けられるが、1晩分のブレ幅を引き受ける。逃げ場がない
  • 12月は、処分効果が1年で唯一逆転する月(1〜11月は PGR 0.152 > PLR 0.094、12月は PGR 0.108 < PLR 0.128)。税制が損切りを代行してくれている
  • だが損切りは戻らず、損出しは戻る。年末売却の8.6%が25日以内に買い戻され、損失30%超なら17.2%35分の1は同日。しかもこれは家計だけの現象
  • 順張りにとっての損出しは節税策ではなく検出器12月に損出しできる銘柄を持っていること自体が、11月までに損切りルールが働かなかった記録である
  • 実務のトラップは受渡日基準(年内最終約定は大納会の2営業日前)/同日買い戻しの平均化/繰越控除は3年かつ連続申告/合計所得金額は繰越控除“前”/住民税は所得税と同じ課税方式
  • 設計は5つ。11月末に保有理由を点検する/買い戻し条件を値動きの言葉で先に書く/買い戻すなら翌営業日以降・指値/申告は還付額だけで決めない/損出しをタグとして記録する

12月に含み損の銘柄を眺めているとき、私が本当に見ているのは節税の機会ではありませんでした。

11月までの自分が、決めたとおりに動かなかった記録です。

税制はその記録を、年に一度だけ「お得な機会」に見せてくれます。ありがたい話ですが、順張りの出口は値動きが決めるものであって、12月が決めるものではありません。

次の一歩

次に読む:NISAで順張りはできるのか(記事044)/手数料ゼロ時代の実効コスト(記事045)/配当・優待・貸株が出口を歪める(記事046)/塩漬け株はこうして生まれる(記事023

あわせて:損切りラインの決め方(記事011)/ポジションサイジング入門(記事014)/期待値とトータルで勝つ考え方(記事024)/デイトレとスイング、兼業はどっち?(記事031)/エントリー前チェックリスト10項目(記事033)/利確が早すぎて伸ばせない(記事034)/相場が崩れた時の現金比率(記事036)/トレード記録のつけ方(記事037)/新高値銘柄の探し方(記事042


免責事項

本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品・金融機関・サービスの取得、売却、保有、利用を推奨・勧誘するものではありません。また、投資助言・税務助言を行うものでもありません。筆者は税理士ではなく、本記事の税務に関する記述は公表資料に基づく一般的な整理にすぎません。 記載の税率、制度、各社のサービス仕様は執筆時点の公表資料に基づくものであり、その後変更されている可能性があります。個別の税務上の取扱い、申告の要否、扶養や社会保険料への影響については、必ず所轄の税務署、お住まいの自治体、または税理士にご確認ください。売買制度・受渡日・取引所カレンダーについては、必ずご利用の金融機関および日本取引所グループの公表資料をご確認ください。本記事の内容は筆者個人の見解に基づくものであり、正確性・完全性を保証するものではありません。記載の計算例はすべて架空の前提に基づくものです。投資には元本割れを含むリスクがあります。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任と判断において行ってください。本記事の情報を利用して生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いません。過去の実績や調査結果は、将来の成果を保証するものではありません。


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