配当・優待・貸株が出口を歪める|「権利日まで持つ」は順張りの判断ではない。日付が出口を決めた瞬間、値動きは決定権を失うから
本記事は情報提供を目的とした個人の見解であり、投資の勧誘・助言ではありません。筆者は税理士ではなく、本記事は税務助言ではありません。 記載の制度・料率・税率・各社のサービス仕様は執筆時点の公表資料に基づくもので、その後変更されている可能性があります。個別の税務上の取扱いは、所轄の税務署または税理士にご確認ください。投資判断はご自身の責任でお願いします。
リード
損切りは−8%と決めています。チェックリストにも書いてあるし、記録もつけています。
それなのに、切れない銘柄が一種類だけあります。
配当利回りが高い銘柄です。
−8%に触れたとき、頭に浮かぶのはこうです。「でもこれ、配当4%あるんだよな」「あと3週間で権利日だし」。
このとき私がやっているのは、順張りの判断ではありません。出口の決定権を、値動きからカレンダーに渡しているだけです。
面白いのは、この歪みが「気の緩み」ではなく、かなりよく研究された心理と、日本特有の制度の両方から来ていることでした。しかも、いちばん強い証拠を出しているのは取引所自身です。
日本取引所グループの用語集には、「権利落」についてこう書かれています。
「権利落日の株価は当該権利の相当額分下落することとなります。」
配当は、どこかから湧いてくるお金ではありません。株価から出ています。 取引所がそう書いています。
にもかかわらず、調べてみると次のことが分かりました。
- 米国では権利落ち日に配当の約78%しか下がらない(Elton & Gruber, 1970)
- ところが日本の高配当上位銘柄は、配当額の約2倍下げる(翟・土田, 2017)
- 株主優待銘柄は、「優待利回り+配当利回り」の合計以上に下げる(Huang et al., 2022)
- そして貸株で受け取る「配当金相当額」は、課税所得330万円を超えると通常の配当より不利になる(自作計算)
この記事は、NISAの記事・実効コストの記事と同じ形——手法の外側にある枠を1枚だけ足して、既存の設計がどう歪むかを見る——の3回目です。
結論:配当も優待も悪いものではない。悪いのは「保有理由が2つになること」
- 順張りの保有理由は1つしかない。値動きが上向きであること。配当や優待を意識した瞬間、保有理由が2つになる
- 理由が2つあると、片方が壊れてももう片方が残る。だから降りられない。これは塩漬けの「理由の後付け」を、制度の側が無料で供給している状態
- 配当は「無料の収入」ではない。取引所自身が「権利落日の株価は当該権利の相当額分下落する」と書いている。それでも人は配当と値動きを別勘定で扱う(free dividends fallacy)
- 実証では、配当銘柄では処分効果(勝ちを早く切り負けを持ち続ける偏り)が小さくなる。良いことに見えるが、中身は「価格の変化に鈍感になっている」だけ
- 日本のデータは米国より厳しい。高配当上位銘柄は配当額の約2倍下げ、その後9営業日で約3%戻す。「権利を取ってから売る」は、日本では最も悪いタイミングになりうる
- 優待銘柄は暴落時に売られにくい(金融危機で非実施企業より11.54ポイント浅い)。だが優待廃止の公表で翌日−5〜6ポイント。下支えは条件付きで、条件が外れる日は突然来る
- 数字で見ると:総資産300万円・許容損失1%・損切り−8%の設計(チェックリストの資金逆算)で、配当を待つために損切りを−20%まで引っ張ると、追加損失は税引後配当の5.0倍。優待3,000円が相手なら15倍
- 貸株の配当金相当額は**雑所得(総合課税)**なので、譲渡損と損益通算できない。負けた年ほど不利になる。順張りには負ける年がある
第1部:問題の正体は、「保有理由が2つある」こと
順張りの保有理由は1つしかない
このブログでずっと書いてきた出口の決め方は、全部ひとつの形をしています。
- 損切りライン:値動きが条件を割ったら降りる
- トレーリングストップ:上がるが下がらないラインで、値動きに追従する
- 利確のタイミング:新高値の更新が止まったら降りる
共通しているのは、判定の材料が値動きだけだということです。だから条件が壊れたかどうかを、その日のうちに判定できます。
配当や優待は、ここに2つ目の保有理由を持ち込みます。
すると何が起きるか。値動きの条件が壊れたときに、こう言えるようになります。
「トレンドは崩れたけど、配当4%あるから」
これは嘘ではありません。配当は本当に出ます。だから性質が悪いのです。検証できない嘘ではなく、検証できる本当のことが、降りない理由として使えてしまう。
塩漬け株の記事で「塩漬け製造3ステップ」の2番目に「理由の後付け」を挙げました。あのときは、理由は自分で作るものだと書きました。訂正します。配当と優待がある銘柄では、理由を自分で作る必要すらありません。 会社が定期的に供給してくれます。
カレンダーが出口を上書きする
もうひとつ、日付の問題があります。
権利付最終日は、制度で決まっています。2019年7月16日の約定分から株式の受渡が T+2 になり、日本証券業協会・東京証券取引所・日本証券クリアリング機構の連名リーフレットは、その影響をこう書いています。
「権利付売買最終日が、決算日等の権利確定日から起算して3営業日前の日になります(現在は4営業日前の日)。」
(公的資料の言い方は「起算して3営業日前」=権利確定日を1日目と数える表現で、日常語の「2営業日前」と同じ意味です。)
つまり、権利を取れるかどうかはカレンダーで一意に決まります。ここが厄介なところです。値動きの条件は毎日変わりますが、日付は変わりません。変わらないものと変わるものを並べると、人は変わらないほうを基準にします。
「あと3週間で権利日」は、3週間ずっと有効な保有理由です。その3週間、値動きの条件は何度も壊れうるのに。
第2部:配当は無料ではない——free dividends fallacy
取引所が書いていること
もう一度、JPXの用語集を引きます。
「株主に株式分割の権利や配当を受ける権利等が付与される場合、権利を受ける株主を確定するための日(権利確定日)の翌日以降に決済されることとなる売買からは、買い方が権利を受けることができないことになります。これを『権利落』といい、権利落日の株価は当該権利の相当額分下落することとなります。」
配当と値上がり益は、別々の収入ではありません。配当を受け取るとは、自分の持ち株の一部を現金化して、20.315%の税を引かれて受け取ることに近い。
理屈としては、これで話は終わりです。ところが人間はそう扱いません。
「無料の配当」という錯覚
Samuel M. Hartzmark と David H. Solomon が Journal of Finance(2019年, 74巻5号, 2153-2199)に発表した “The Dividend Disconnect” は、この錯覚を正面から測った研究です。刊行版の要旨はこう始まります。
“Many individual investors, mutual funds, and institutions trade as if dividends and capital gains are disconnected attributes, not fully appreciating that dividends result in price decreases.”
(多くの個人投資家・投資信託・機関投資家は、配当とキャピタルゲインが切り離された属性であるかのように売買しており、配当が価格の下落をもたらすことを十分に理解していない。)
彼らはこれを free dividends fallacy(無料配当の誤謬) と名づけました。ワーキングペーパー版の言い方が分かりやすいので引きます。
“unless the tradeoff between price changes and dividends is salient, dividends are apt to appear as a desirable free source of income.”
(価格変化と配当のトレードオフが目立たない限り、配当は望ましい「無料の収入源」に見えてしまう。)
具体的な行動として、次のようなことが観測されています。
- 配当を元の銘柄に再投資しない。 投資信託が配当をちょうど再投資する頻度は0.719%で、保有を動かさないほうが43.1倍起こりやすい。機関投資家でも1.17%(保有据え置きのほうが15.6倍)
- 金利が低いときに高配当株の需要が高まる。そして高需要時に買った投資家の期待リターンは年2〜4%低い
- 配当銘柄では処分効果が小さくなる。 ワーキングペーパー版では、無配銘柄の処分効果10.9%に対し、配当銘柄は6.94ポイント小さい3.96%
3番目が、この記事の主題そのものです。
処分効果とは、チキン利食いの記事で扱った「勝ちを早く切り、負けを持ち続ける」偏りのことです。それが配当銘柄では小さくなる。
一見、良いことに見えます。偏りが減っているのだから。
ですが刊行版の要旨は、この現象をこう説明しています。
“Behavioral trading patterns (e.g., the disposition effect) are driven by price changes instead of total returns.”
(処分効果のような行動的な売買パターンは、トータルリターンではなく価格変化によって駆動されている。)
つまり、偏りが直ったのではありません。価格変化そのものへの反応が鈍くなっているだけです。順張りは、価格変化に反応することで成り立っている手法です。鈍くなって良いはずがありません。
なぜ配当だけ別勘定になるのか
理由は40年前に説明されています。Hersh M. Shefrin と Meir Statman の “Explaining investor preference for cash dividends”(Journal of Financial Economics, 1984年, 13巻2号, 253-282)です。
彼らの説明は自己制御(self-control)です。将来のための資産を今日使ってしまわないように、人は「元本に手をつけない」というルールを自分に課します。
“an individual who wishes to safeguard long-run wealth against a compulsion for immediate gratification might employ a rule that prohibits spending from capital.”
このルールがあると、**配当は「使ってよいお金」、値上がり益は「取り崩してはいけないお金」**という区別が生まれます。経済的には同じ1万円なのに。
これが実際にそうなっていることを示したのが、Malcolm Baker・Stefan Nagel・Jeffrey Wurgler の “The Effect of Dividends on Consumption”(Brookings Papers on Economic Activity, 2007年)です。ブローカー口座のデータで、通常配当を受け取ったときの引き出し傾向はキャピタルゲインより0.90高く、キャピタルゲイン側の引き出し傾向は0.02でした。
同じお金なのに、扱いがまったく違う。ここまでが世界共通の話です。ここから先は、日本のほうが状況が悪くなります。
第3部:日本では、権利落ちで「落ちすぎる」
米国:配当の約78%しか落ちない
権利落ち日の下落幅が配当額に対してどれくらいか、という比率(price drop ratio)は長く研究されてきました。
Edwin J. Elton と Martin J. Gruber の 1970年の研究(The Review of Economics and Statistics, 52巻1号, 68-74)では、1966年4月〜1967年3月のNYSEで平均0.7767でした。配当1ドルに対して約78セントしか下がらない、ということです。
米国の投資家から見れば、配当は「取ればちょっと得」に見えます。free dividends fallacy が生き残りやすい環境でもあります。
日本:配当額の約2倍下げて、9営業日で約3%戻る
日本は違いました。
翟林瑜・土田祐介「投資家の近視眼的行動と高配当利回り銘柄の配当落ちアノマリー」(『経営研究』第67巻第4号, 2017年, 大阪市立大学)は、2006年3月〜2016年9月の22回の配当落ち日について、東証1部・2部/マザーズ/ジャスダックの高配当利回り上位銘柄を集計しました(株主優待実施企業は除外しています)。
結果はこうです。
「上位50銘柄の平均配当利回りが3.2%であることを考えると、下落幅は、配当金額の倍近くにも達している」
配当の78%どころではありません。配当の約2倍下げています。
そして、下げっぱなしではありません。
「配当落ち後の9日目の累積リターンは0.03(3%)にも達している」
売買代金も、権利付最終日に累積で57.8%増え、9日目には90.6%増えています。
これを順張りの言葉に翻訳すると、こうなります。
権利日に向かって買いが集まり、権利落ち日に配当額の倍ほど売られ、その後9営業日かけて3%ほど戻る。
つまり「権利を取って、落ちたら売る」という段取りは、いちばん安いところで売る動きになりやすい。しかも往復するので、往復コストも払います。
権利日に向かう上昇のほうも、順張りの上昇ではありません。Yoshiaki Nose・Hisao Miyagawa・Akitoshi Ito の研究(Journal of Behavioral and Experimental Finance, 31巻, 2021年)は、優待実施企業について次のように報告しています。
“firms having perks programs experience a significant price run-up toward the ex-perks date.”
カレンダーで買いが集まっているだけです。これは新高値銘柄の探し方で扱った「注意ベース買い」と同じ構造で、方向のない需要です。順張りが乗ろうとしているトレンドとは別物です。
優待銘柄はさらに落ちる
Huang・Rhee・Suzuki・Yasutake の研究(Journal of Banking & Finance, 143巻, 2022年)については、日本証券業協会の報告書が次のように要約しています。
「株主優待実施企業では、権利落ち日の株価下落が優待利回りと配当利回りの合計以上となること、配当のみ行う企業の株価下落は配当利回りとおおむね等しいこと」
優待の分まで、あるいはそれ以上に落ちる。優待の「金額」を受け取る代わりに、それ以上の値下がりを引き受けている可能性がある、ということです。
(この論文は要約経由での確認で、具体的な下落率の数値は原文未確認です。留保に書きます。)
第4部:優待の「下支え」は、順張りにとって良いニュースではない
ここは、良さそうに見えるデータを反転して読む部分です。
野瀬義明・宮川壽夫・伊藤彰敏「株主優待と株価急落リスク」(『証券経済学会年報』第55号別冊, 2020年)は、暴落局面で優待実施企業がどうなったかを調べています。
世界金融危機(2007年8月1日〜2008年12月30日)の結果です。
| 平均 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 優待実施企業 | −39.4% | −40.8% |
| 優待非実施企業 | −50.9% | −55.9% |
| 差 | 11.54ポイント | 15.02ポイント |
東日本大震災時(2011年3月)、コロナ危機時(2020年2〜3月)でも同じ向きが出ています。3危機をまとめると、B2C企業で平均9.7ポイント、B2B企業で平均2.5ポイントの下支えでした。
これは「優待は暴落に強い」という良いニュースに見えます。実際、ポートフォリオのドローダウンを抑える設計として合理的な使い方はありえます(現金比率の記事の話とつながります)。
ただ、順張りの立場で読み直すと、こうなります。
下支えとは、値下がりしても売られにくいということ。売られにくいということは、自分も売らないということ。
そして、この下支えには条件があります。優待が続いていることです。
大和総研の瀬戸佑基・森駿介「近年の株主優待の実施動向と、廃止による株価下押し圧力の推計」(2023年1月18日)は、2017年10月〜2022年9月に優待廃止のみを公表した52社について、こう推計しています。
「優待廃止公表翌日のリターンは、優待廃止公表がなかったと仮定した場合に比べて、平均的に5〜6%pt 程度低下する」
10営業日後には累積で−6ポイント程度です。
さらに、松浦義昭「株主優待廃止が株主構成・株主数に与える影響」(『証券経済研究』第123号, 2023年)によれば、2010年4月〜2021年3月に優待を廃止した77社では、個人株主数が 12,387人 → 9,679人(対前年比 −21.87%) に減っています。
整理すると、優待銘柄の値動きはこうなります。
- 平時と暴落時:売られにくい(=トレンドが読みにくい)
- 優待廃止の日:一撃で−5〜6ポイント(=値動きの条件では事前に察知できない)
順張りは値動きで判断する手法です。「売られにくくてノイズが多く、ある日突然ギャップで落ちる」という値動きは、この手法にとって扱いにくい方向にだけ性質が変わっているということです。
第5部:数字で見る——「権利日まで待つ」といくら払うのか
ここからは自作計算です。数値はすべて架空の前提で、実測値ではありません。
計算1:待つことと引き換えに引き受けるブレ幅
配当利回り3%の銘柄を、権利日まで20営業日待つとします。
税引後の受取は、3% × (1 − 20.315%) = 2.39% です。
一方、20営業日待つあいだの値動きのブレ幅(1標準偏差)は、日次ボラティリティを σ とすると σ × √20 です。
| 日次ボラ | 年率換算 | 20営業日の1σ | 税引後配当2.39%との比 |
|---|---|---|---|
| 1.0% | 約15.7% | 4.47% | 0.54 |
| 1.5% | 約23.5% | 6.71% | 0.36 |
| 2.0% | 約31.3% | 8.94% | 0.27 |
順張りで扱う銘柄は、値動きが荒いほうです。日次2%なら、2.39%を取りに行くために、±8.94%(1σ)のブレを追加で1回引き受けることになります。
「配当を取ってから考える」は、リスクを取らない判断に見えて、リスクを1回増やす判断です。
計算2:損切りを引っ張ったときの追加損失
チェックリストの資金逆算をそのまま使います。総資産300万円・1トレードの許容損失1%(3万円)・損切り−8% ならば、1銘柄あたりの建玉は37.5万円です。
- 配当利回り3%の税引後受取 = 8,965円
- 優待(3,000円相当)= 3,000円
ここで「権利日まで待とう」として損切りを引っ張ったときの追加損失を並べます。
| 損切りを引っ張った先 | 追加損失 | 税引後配当の何倍 | 優待3,000円の何倍 |
|---|---|---|---|
| −12% | 15,000円 | 1.7倍 | 5.0倍 |
| −20% | 45,000円 | 5.0倍 | 15.0倍 |
| −30% | 82,500円 | 9.2倍 | 27.5倍 |
NISAの記事で「損切りを1回引っ張るコストは節税額の9.7〜32.4倍」と書きました。同じ構造が、配当と優待でも出ます。受け取る金額は小さく、出口を歪めたときのコストは大きい。 3回とも同じ形でした。
念のため書いておくと、これは「配当が小さい」という話ではありません。配当は保有していれば受け取れるもので、出口ルールを曲げなくても受け取れます。 曲げたぶんだけが純粋な追加コストです。
第6部:優待クロス(つなぎ売り)は、歪みを「計算問題」に変えるが、ゼロにはしない
「値動きのリスクを取らずに優待だけ取ればいい」——つなぎ売り(優待クロス)の発想です。現物買いと信用売りを同時に持てば、価格変動の損益は相殺されます。
これは理屈としては正しく、歪みを心理の問題から計算問題に変えるという点では改善です。ただ、計算してみるとコストは小さくありません。
コスト1:貸株料と往復スプレッド
一般信用(短期)の売建にかかる貸株料は、ある大手ネット証券の公表値で**年3.90%**です(制度信用や一般信用「無期限」は1.10%。社名とURLは sources.md に記載します)。
30万円の建玉を10日持った場合:
- 貸株料 =
300,000 × 3.90% × 10/365= 321円 - 現物側の往復スプレッド下限(株価3,010円・呼値5円なら0.166%)= 498円
- 合計 = 819円
3,000円相当の優待に対して、**27.3%**です。呼値の階段については実効コストの記事で詳しく書きました。
制度信用を使えば貸株料は安くなりますが、代わりに**逆日歩(品貸料)**のリスクが乗ります。逆日歩は日本証券金融の品貸入札で決まるもので、同社の説明では次のとおりです。
「品貸入札では料率の低い申込みから、また、同料率の場合は申込み時間が早いものから優先して採用し、調達必要株数に達した申込みに付された料率を品貸料として決定」
注文を出す時点では、いくらになるか分かりません。 上限(最高料率)は投資単位ごとに定められていますが、上限が分かることと金額が分かることは別です。
コスト2:配当がある銘柄では、配当分で逆ザヤになりやすい
こちらのほうが見落とされます。
信用売りをしていると、権利確定日をまたいだときに配当落調整金を支払います。証券各社の公表値では、次のようになっています。
- 制度信用の売建:配当金の 84.685% を支払う(=源泉所得税等15.315%を控除した額)
- 一般信用の売建:配当金の 100% を支払う(複数社で確認。全社がそうとは限りません)
一方、現物側で受け取る配当は、特定口座なら20.315%が源泉徴収されて 79.685% です。
配当10,000円の銘柄で並べます。
| 組み合わせ | 現物の受取 | 信用売りの支払 | 差引 |
|---|---|---|---|
| 制度信用売り | 7,969円 | 8,469円 | −500円(−5.0%) |
| 一般信用売り | 7,969円 | 10,000円 | −2,032円(−20.315%) |
3,000円の優待を取りに行って、配当のところで2,032円払う、ということが起こりえます。
ただし、これは最終的な手取りとは限りません。 信用取引の配当落調整金は、国税庁の所得税基本通達 36・37共-23 により、配当所得ではなく譲渡損益として処理されます。
「株式の売付けを行った者が証券会社に対し支払うべき金額は、当該売付けに係る株式の譲渡による収入金額から控除するものとする。」
つまり口座区分と申告方法によっては、源泉徴収された配当分と通算されうる部分があります。ここは筆者の理解の範囲を超えるので、断定しません。 言えるのは次の一点だけです。
優待クロスは「タダで優待をもらう方法」ではなく、「いくら払って優待を買うかを、事前に計算できる方法」である。 計算した結果が優待の価値を上回るなら、やらないという結論もある。
第7部:貸株——年0.1%と引き換えに渡しているもの
貸株サービスは、保有株を証券会社に貸して金利を受け取る仕組みです。通常金利0.1%、銘柄によってはボーナス金利0.5%以上、という水準が公表されています。
100万円分を1年貸して、通常金利なら1,000円です。
この1,000円と引き換えに何が起きるか、各社の公表資料に書いてあります。
(1) 配当ではなく「配当金相当額」になり、雑所得になる
大手4社の記述はほぼ一致しています。
「貸株料(金利)・配当金相当額は税制上、総合課税の雑所得扱いになることから、配当金相当額は、配当控除の対象外となる他、株式等の譲渡損と通算はできません。」
これが何を意味するか、税率で並べます。比較対象は「配当30,000円を通常どおり源泉20.315%で受け取った場合の手取り23,906円」です。総合課税なので、税率は本人の課税所得で決まります(所得税率×1.021の復興特別所得税+住民税所得割10%で計算)。
| 課税所得の区分 | 合計税率 | 手取り | 配当との差 |
|---|---|---|---|
| 195万円以下 | 15.105% | 25,468円 | +1,563円 |
| 195万超〜330万円以下 | 20.210% | 23,937円 | +32円 |
| 330万超〜695万円以下 | 30.420% | 20,874円 | −3,032円 |
| 695万超〜900万円以下 | 33.483% | 19,955円 | −3,950円 |
| 900万超〜1,800万円以下 | 43.693% | 16,892円 | −7,013円 |
分岐点は課税所得330万円です。そこを超えると、貸株金利1,000円を受け取るために、配当のところで3,000円以上を失う可能性があります。
ここで言いたいのは「貸株は損だ」ではありません。同じサービスが、人によって有利にも不利にもなるということです。しかも判定には自分の課税所得が要ります。
貸株は、証券口座の情報だけでは損得を判定できないサービスです。
これは道具の記事で書いた基準——道具は判断を求められる回数を減らすためにある——の逆を行っています。
(2) 負けた年ほど不利になる
さらに効くのは、損益通算ができない点です。
その年の譲渡損が20万円あり、配当が30,000円あったとします。
- 通常の配当:申告分離課税を選べば譲渡損と通算できる(国税庁 No.1331)。源泉分6,094円が還付され、実質の手取りは30,000円
- 配当金相当額:雑所得なので通算できない。税率30.42%なら手取り20,874円
差は9,126円です。年1,000円の金利のために。
順張りは、期待値で勝ちにいく手法です。負ける年があることが前提の設計をしています。その前提と、この税区分は相性が良くありません。
(3) 優待と議決権は、原則として取れない
ある会社の記述です。
「貸株サービスを利用されている場合は、株主優待や株主総会の議決権等を取得できません。」
権利を取るには「権利付最終日の16:30までに貸株残高から外す」必要があります。自動で外す設定(優待・配当自動取得サービス)を用意している会社もありますが、設定という作業が増えることは変わりません。
(4) 分別管理と投資者保護基金の対象外になる
ここがいちばん重い項目だと思います。
「貸出している株式は、金融商品取引法で定められた分別管理の対象外です。」「万一、当社の経営が破綻した場合には投資者保護基金の対象となりません。」
別の会社も同趣旨を明記しています。
年0.1%=100万円で1,000円と引き換えに、分別管理の外に出る。この交換が割に合うかどうかは人によりますが、少なくとも「金利がもらえてお得」という一行では判断できない種類の交換です。
第8部:自分に不利な材料
この記事の主張に反する材料を、自分から出しておきます。
1. 優待は減っていない。むしろ過去最多を更新している。 「優待は廃止が増えているから危ない」という書き方は、もう事実に合いません。野村インベスター・リレーションズによれば、実施銘柄数は2019年の1,532件をピークにいったん減少しましたが、2025年3月末に1,580件で過去最多を更新し、2025年12月末には**1,657件・全上場銘柄の36.5%**に達しています。この記事は「優待が減るから危ない」という話ではありません。
2. 優待の下支えは実在する。 第4部で反転して読みましたが、金融危機で11.54ポイント浅かったのは事実です。長期でドローダウンを抑えたい人にとって、これは合理的な選択肢になりえます。壊れるのは、順張りの口座に混ぜたときだけです。
3. 貸株は、課税所得が低い人には有利になりうる。 第7部の表のとおり、課税所得195万円以下なら通常の配当より手取りが多くなる計算です。「貸株はやめておけ」とは言えません。
4. 配当再投資は、長期投資の戦略として完全に合理的。 この記事が扱っているのは、数日〜数週間の順張りの口座で、出口の判定に配当が混ざるという限定された問題です。インカムを目的とした長期保有を否定するものではまったくありません。
5. Hartzmark & Solomon の処分効果の数値はワーキングペーパー版のもの。 刊行版(Journal of Finance 2019)の本文数値と一致するかは未確認です。刊行版の要約(CFA Institute Digest)では、投資信託で1.1%低い・機関投資家で0.7%低い、という別の数値が示されています。主体ごとに数値が違うので、10.9%→3.96%という数値は「個人投資家のデータについてのワーキングペーパー版の記述」として読んでください。
第9部:実装——設計を4つだけ
対策は、これまでの記事と同じく「意志」ではなく「設計」に寄せます。
設計1:買う前に、保有理由を1行だけ書く
記録の記事で「買う前の60秒」に書く項目を決めました。そこに、保有理由を1つだけ書く欄を足します。
書けるのは1つです。値動きの言葉で書けなければ、順張りのトレードではありません。
- ○「25日線を上抜けて新高値、出来高2倍」
- ×「25日線を上抜けて新高値、しかも配当4%」
2つ書きたくなったら、それは2つの目的を1つの注文に混ぜようとしています。
設計2:口座(または予算)を分ける
NISAの記事で書いた「口座は注文を出す前に決める」と同じです。
インカム目的の保有と、順張りの保有を、同じ枠で持たない。分けるのは金額ではなく、出口の判定方法です。同じ枠に入れると、都合の良いほうの判定基準を後から選べてしまいます。
設計3:判定の一問
「この銘柄が無配・無優待だったとしたら、今日この価格で持ち続けるか?」
「持ち続けない」なら、降りる理由はすでに揃っています。配当は、その判断を先送りするために使われています。
設計4:権利付最終日は「入るのを見送る理由」であって、「持ち続ける理由」ではない
チェックリストの項目B-2で「決算発表日」を確認するようにしました。権利付最終日も同じ扱いにします。ただし、非対称に扱います。
- 新規で入るとき:権利付最終日の直前は見送る。第3部で見たとおり、そこに向かう上昇はカレンダー由来の需要(run-up)で、順張りが乗ろうとしているトレンドとは別物
- 持っているとき:権利日は出口の判断材料にしない。値動きの条件が壊れたら、権利日の前でも降りる
コピー用に4行だけ置きます。
□ 保有理由を1行で書けたか(値動きの言葉だけで)
□ この銘柄が無配・無優待でも、今日この価格で持つか
□ 権利付最終日が近いなら、新規は見送り(持ち続ける理由にはしない)
□ 貸株を使うなら、自分の課税所得の区分を確認したか
第10部:それでも配当・優待を取っていい場面
対称に扱っておきます。
- 目的が最初からインカムの口座。 これは何の問題もありません。出口の判定基準が最初から「値動き」ではないので、歪みようがない
- 権利落ちの下げすぎからの戻りを狙う。 翟・土田の「9営業日で約3%」は、値動きベースの判断として一貫しています。ただしこれは逆張りで、このブログの手法ではありません(押し目買いと底値拾いの違いで書いた区別に近い)
- すでに保有している銘柄で、たまたま権利日が来る。 順張りの条件が生きているなら、権利を取るのは自然な結果です。取りに行くのではなく、結果として取るなら問題ありません
- 優待クロスを、計算した上で実行する。 第6部のとおり、コストを事前に出せるなら合理的な選択でありえます。危険なのは「タダでもらえる」と思っている場合だけです
留保
-
Hartzmark & Solomon の処分効果の数値(10.9%→3.96%)はワーキングペーパー版からのものです。 刊行版本文との一致は未確認で、対象は米国の1991年1月〜1996年11月の個人口座データです
-
翟・土田(2017)は「高配当利回り上位50銘柄」の集計です。 22回の配当落ち日の平均であり、株主優待実施企業は除外されています。個別銘柄がこのとおり動くという話ではありません
-
Huang et al. (2022) は日本証券業協会の報告書経由での確認で、具体的な下落率の数値は原文未確認です
-
野瀬ほか(2020)の下支え効果は、過去3回の危機の集計です。 将来の暴落で同じことが起きる保証はありません
-
筆者は税理士ではありません。 雑所得の税率は本人の課税所得で決まり、住民税の税率も自治体によって異なりえます。配当落調整金の税務処理は口座区分と申告方法で変わります。個別の取扱いは必ず税務署または税理士にご確認ください
-
貸株の金利・優待自動取得の仕様・投資者保護基金の扱いは会社ごとに異なり、変更されえます。 この記事の記述は執筆時点の複数社の公表資料に基づく一般的な整理です
-
数値例(配当利回り3%、優待3,000円、日次ボラ2%、総資産300万円など)はすべて架空の前提です。 実測値ではありません
-
信用取引の料率(一般信用短期の貸株料3.90%など)は一社の公表値の一例です。 会社・区分・銘柄によって異なります
-
第5部のブレ幅の計算は、日次リターンが独立で標準偏差が一定という単純な仮定に基づきます。 実際の値動きはそうではありません(マルチタイムフレームで触れたとおり、期間によって統計の性質が変わります)
まとめ
- 配当も優待も貸株も、それ自体は悪いものではない。悪いのは、順張りの口座で保有理由が2つになること。理由が2つあると、値動きの条件が壊れても降りられない
- 配当は無料の収入ではない。取引所自身が「権利落日の株価は当該権利の相当額分下落する」と書いている。それでも人は配当と価格を別勘定で扱う(free dividends fallacy)
- 実証では、配当銘柄では処分効果が小さくなる。偏りが直ったのではなく、価格変化への反応が鈍くなっている
- 米国では権利落ち日に**配当の約78%**しか下がらないが、日本の高配当上位銘柄は配当額の約2倍下げ、その後9営業日で約3%戻す。「取ってから売る」は安値で売る動きになりやすい
- 権利日へ向かう上昇はカレンダー由来の需要(run-up)で、方向のない買い。順張りが乗ろうとしているトレンドとは別物
- 優待は暴落時に下支えになる(金融危機で11.54ポイント浅い)が、それは売られにくい=自分も売らないということ。しかも優待廃止の公表で翌日**−5〜6ポイント**
- 数字では、配当を待つために損切りを−20%まで引っ張ると、追加損失は税引後配当の5.0倍・優待3,000円の15.0倍。NISAの記事と同じ形の非対称
- 優待クロスは歪みを計算問題に変えるが、ゼロにはしない。30万円・10日で貸株料と往復スプレッドが819円=優待の27.3%。一般信用売りなら配当で**−20.315%**の逆ザヤも乗りうる
- 貸株の配当金相当額は雑所得。課税所得330万円が分岐点で、そこを超えると通常の配当より不利。そして譲渡損と通算できないので、負けた年ほど不利。さらに貸出中の株式は分別管理・投資者保護基金の対象外
- 設計は4つ。保有理由を1行だけ書く/口座を分ける/「無配でも持つか」と一問/権利日は入るのを見送る理由であって持ち続ける理由ではない
私が−8%で切れなかったのは、配当が好きだったからではありませんでした。降りる理由と、降りない理由が、同じ口座に同居していたからです。
値動きは毎日変わります。権利日は変わりません。変わらないほうを基準にしたとき、出口は値動きの手を離れます。
次の一歩
次に読む:塩漬け株はこうして生まれる(記事023)/エントリー前チェックリスト10項目(記事033)/NISAで順張りはできるのか(記事044)/手数料ゼロ時代の実効コスト(記事045)
あわせて:損切りラインの決め方(記事011)/利確のタイミング(記事015)/期待値とトータルで勝つ考え方(記事024)/利確が早すぎて伸ばせない(記事034)/相場が崩れた時の現金比率(記事036)/トレード記録のつけ方(記事037)/新高値銘柄の探し方(記事042)/モメチンに必要な道具一式(記事043)
免責事項
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品・金融機関・サービスの取得、売却、保有、利用を推奨・勧誘するものではありません。また、投資助言・税務助言を行うものでもありません。筆者は税理士ではなく、本記事の税務に関する記述は公表資料に基づく一般的な整理にすぎません。 記載の税率、料率、制度、各社のサービス仕様は執筆時点の公表資料に基づくものであり、その後変更されている可能性があります。個別の税務上の取扱いについては、必ず所轄の税務署または税理士にご確認ください。売買制度・信用取引の諸費用については、必ずご利用の金融機関および日本取引所グループ・日本証券金融の公表資料をご確認ください。本記事の内容は筆者個人の見解に基づくものであり、正確性・完全性を保証するものではありません。記載の計算例はすべて架空の前提に基づくものです。投資には元本割れを含むリスクがあります。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任と判断において行ってください。本記事の情報を利用して生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いません。過去の実績や調査結果は、将来の成果を保証するものではありません。