手数料ゼロ時代の実効コスト|「無料だから回数は気にしなくていい」をやめる。課金されているのは保有期間ではなく、回数だけだから

本記事は情報提供を目的とした個人の見解であり、投資の勧誘・助言ではありません。記載の手数料・料率・売買制度は執筆時点の公表資料に基づくもので、その後変更されている可能性があります。特定の金融機関やサービスを推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。

リード

2023年の秋に、国内株式の売買手数料が無料になりました。

私はそのとき、素直に喜びました。それまで1回あたり数百円を気にしていたので、「これで回数を気にしなくてよくなった」と思ったからです。

実際、その後しばらく、私は回数を数えなくなりました。

ところがトレード記録をタグ別に集計してみると、勝率も損益率も想定どおりなのに、口座の増え方だけが計算と合いません。差はごくわずかで、1回ごとに見れば誤差の範囲です。ただ、回数をかけると無視できない大きさになっていました。

抜けていたのは手数料ではありませんでした。手数料はたしかにゼロです。しかしコストはゼロになっていません。

コストは、明細に載る「手数料」という行から、約定した価格そのものの中へ移動しただけでした。しかも日本の場合、そのコストの下限は取引所が公表しています。呼値(よびね)の単位という、誰でも見られる階段の表です。

計算してみると、面白いことが分かりました。

  • 株価2,990円の銘柄と3,010円の銘柄では、往復コストが5倍違う(0.033% → 0.166%)
  • 同じ800円の銘柄でも、指数区分が違えば10倍違う(0.013% と 0.125%)
  • そして往復1回分のコストは、信用取引の金利にすると約22日分に相当する

最後の1つが、この記事でいちばん言いたいことです。このコストは、持っている期間にはほとんど課金されません。回数にだけ課金されます。


結論:手数料ゼロで変わったのは「コストの置き場所」であって、コストの有無ではない

  • 手数料無料は本当。ただし多くの場合、書面の電子交付設定や、注文の回送先を自動で選ぶ仕組み(SOR)の利用が条件になっている。つまり「価格を取りに行く経路の選択権」と引き換えになっている
  • 実際のコストは約定価格の中にある。その下限は取引所の呼値の単位で決まり、最小のスプレッドは1呼値。成行で入って成行で出れば、往復でおよそ呼値 ÷ 株価を払う
  • この比率は株価の階段でジャンプする。2,990円→3,010円で5倍、4,990円→5,010円で2倍。低位株ほど不利で、300円の銘柄なら往復0.333%
  • コストは回数に比例し、保有期間にはほぼ比例しない。往復1回分(0.166%)は、制度信用の金利(年2.8%程度)に換算すると21.7日分
  • 回転数そのものは勝ち負けの符号を変えない。符号を決めるのは「1回あたりの期待値がコストを超えているか」だけ。回転数はその結果にかかる倍率
  • ただしコストは確定値で、期待値は推定値。30トレードでは期待値の95%区間は4ポイント以上の幅になる一方、コストは呼値表から一意に決まる。だから先に削るべきは、確実に引かれる側
  • 実データでも同じ向きが出ている。米国の家計データでは、高回転層の「総額」リターンは低回転層と有意に変わらないのに、手取りは年6.3ポイント低かった

この記事は、NISAの記事で「手数料とスプレッドは計算に入れていません」と書いた宿題を回収するものです。あのときと同じ形——手法の外側にある枠を1枚だけ足して、既存の設計がどう歪むかを見る——で書いています。


第1部:手数料はゼロになった。では、コストはどこへ行ったのか

まず事実を確認する

2023年の秋、国内の大手ネット証券が相次いで、国内株式(現物・信用)の売買手数料を約定代金にかかわらず0円にしました。一方の会社は2023年9月30日の発注分から、もう一方は同年10月2日の約定分からです(各社リリース。社名とURLは sources.md に記載しています)。

ここまでは、よく知られている話です。この記事が見たいのは、その次です。

「無料」には条件がついています。

  • ある会社は、対象になる条件として「電子交付サービスですべての取扱書面の交付方法を電子交付に設定していること」を挙げています
  • もう一方の会社は、無料コースについて「原則として当社が指定するSOR(スマート・オーダー・ルーティング)注文のご利用が必須となります」と明記しています

前者は事務コストの話なので分かりやすいと思います。注目したいのは後者です。

SOR は、注文を出したときに、取引所(東証)・PTS(私設取引システム)・自社のダークプールの気配を比較して、どこへ流すかを自動で決める仕組みです。実際、ある会社の注意事項には「最良気配値が PTS 気配値、PTS(iX)、PTS(iO)、SBI-Cross(ダーク・プール)と同値である場合」の優先順位が書かれています。もう一方の会社も「ダークプールの気配価格が東証と同値、又は有利な場合に(自社ダークプールへ)回送」と説明しています。

これは違法でも不当でもありません。公表された仕様であり、同値または有利なときに回送する、と書いてあります。

ただ、構造としてはこう読めます。

手数料という明細に載る料金がゼロになった代わりに、注文をどこへ流すかの選択権を渡している。そして注文がどこで、いくらで約定したかの良し悪しは、自分の取引履歴を見ても検証できない。

「取られている」とは言いません。検証できない場所に移った、とだけ言います。

検証できない場所で、どれくらい差が出るのか(米国のデータ)

日本のデータは見つけられませんでした。ただ、米国には正面から測った研究があります。

Schwarz・Barber・Huang・Jorion・Odean が Journal of Finance(2025年, 80巻5号)に発表した “The ‘Actual Retail Price’ of Equity Trades” です。

やり方が単純で強力です。5社6口座に、同一銘柄・同一株数・同時刻の成行注文を出し続ける。 2021年12月21日から2022年6月9日までの113営業日、85,000件超(フィルタ後74,801件)。手数料はどこもゼロです。

結果は、口座による往復コストが −0.07% から −0.46% まで分布しました。差にして約39ベーシスポイント(0.39ポイント)です。

そして著者らは、この差が支払い(PFOF=注文回送の対価)では説明できないと結論しています。PFOF の差は1株あたり0.001〜0.002ドル程度なのに対し、価格改善額の差は0.03〜0.08ドルと桁が違ったからです。同じ市場センターに流しても、証券会社によって系統的に違う執行を受けていた、というのが彼らの見立てです。

留保を先に書きます。 これは米国の話で、PFOF という日本にはない仕組みを含む市場構造の研究です。日本の証券会社がどうか、という証拠ではまったくありません。この記事がここから借りるのは数字ではなく、次の一点だけです。

手数料がゼロでも、往復コストがゼロになるわけではない。そして、その差は明細を見ても分からない。


第2部:日本では、コストの下限が公開されている——呼値の階段

明細で分からないなら、分かるところから押さえます。日本には、コストの下限を決めている公開資料があります。取引所が定める「呼値の単位」です。

呼値の単位は、価格が動ける最小の刻み

呼値の単位とは、注文を出せる価格の刻みのことです。刻みが1円なら、1,000円の次は1,001円で、1,000.5円という注文は出せません。

ということは、買い注文の最良値と売り注文の最良値の差(スプレッド)は、どんなに狭くても1呼値より狭くなれません。

そして、成行で買って成行で売れば、買うときは売り気配(高いほう)、売るときは買い気配(安いほう)で約定します。往復で、ちょうど1スプレッド分を払うことになります。

つまり、

最小の往復コスト = 呼値の単位 ÷ 株価

これが下限です。実際にはこれ以上かかることのほうが多い(後述)。まず、この下限がいくらなのかを見ます。

呼値表(執筆時点)

東証の呼値の単位は、TOPIX500構成銘柄(TOPIX100およびTOPIX Mid400)とそれ以外で、テーブルが分かれています。抜粋します。

株価の水準TOPIX500構成銘柄その他の銘柄
1,000円以下0.1円1円
1,000円超 3,000円以下0.5円1円
3,000円超 5,000円以下1円5円
5,000円超 10,000円以下1円10円
10,000円超 30,000円以下5円10円
30,000円超 50,000円以下10円50円

(日本取引所グループ「呼値の単位」より抜粋。ETF等には別のテーブルがあります)

これを「株価に対する比率」に直すと、順張りの実務にとって重要なことが3つ見えます。

発見1:低位株ほど、1回の往復が高い

株価その他の銘柄TOPIX500構成銘柄
300円0.333%0.033%
500円0.200%0.020%
800円0.125%0.013%
1,000円0.100%0.010%
2,000円0.050%0.025%

300円の銘柄を成行で往復すると、それだけで**0.333%**が消えます。年に50回転すれば16.7%です。手数料はゼロなのに、です。

「安い株のほうが値動きが大きいから」と言われることがありますが、値動きの大きさは同時にリスクの大きさなので、そこは相殺されません。コストだけが確実に増えます。

発見2:株価には「段差」があり、20円違うだけで5倍になる

ここが計算していて驚いた点です。

株価呼値(その他の銘柄)往復コスト率
2,990円1円0.033%
3,010円5円0.166%
4,990円5円0.100%
5,010円10円0.200%

株価が20円上がって3,000円の線をまたいだ瞬間に、往復コストが5倍になります。5,000円の線でも2倍です。

これは値動きとも業績とも関係のない、制度上の段差です。同じ手法・同じ銘柄でも、株価が階段のどちら側にいるかで、1回あたりのコストが数倍変わります。

発見3:同じ株価でも、指数に入っているかどうかで最大10倍違う

800円の銘柄で比べると、TOPIX500構成銘柄は0.013%、それ以外は0.125%。10倍です。

いちばん条件のいい組み合わせ(TOPIX500の8,000円台=0.013%)と、いちばん悪い組み合わせ(その他の300円=0.333%)を比べると、26.7倍の差がありました。

往復コストの下限は呼値÷株価で決まる。株価3,000円・5,000円の段差でジャンプし、同じ800円でも指数区分で10倍違う

この階段は、2027年に組み替えられる予定

もうひとつ書いておくべきことがあります。この呼値テーブルは、2027年3月1日から仕組みごと変わる予定です。

日本取引所グループは、現行の「指数区分(TOPIX500構成銘柄)に基づく呼値の単位の設定」から、銘柄ごとの流動性に基づいて呼値の単位を決める制度へ移行するとしています。流動性の指標として使うのは STR(Spread to Tick Ratio)=スプレッドが呼値の何倍かです。

ここは補足として面白いところで、取引所自身が「流動性をスプレッドと呼値の比で測る」と言っているわけです。この記事がやっている「呼値 ÷ 株価でコストを見る」という発想は、突飛なものではありません。

いずれにせよ、上の表は執筆時点のものです。 数字ではなく、「呼値表を見てコスト率を出す」という手順のほうを覚えてください。


第3部:課金されているのは、保有期間ではなく回数だけ

ここからが、この記事の中心です。

現物のコストは、時間に対して定額

もう一度、往復コストの式を見ます。

往復コスト = 呼値の単位 ÷ 株価

この式に、保有期間が入っていません。

3日で売っても、3か月持っても、3年持っても、往復で払うスプレッドは同じ1回分です。現物の場合、持っているだけでは何も引かれません。

つまり、

現物のコストは「回数 × 往復コスト」であって、「期間 × 何か」ではない。

信用のコストは、時間に比例する

対して、信用取引には時間比例のコストがあります。制度信用の買方金利は、大手ネット証券の一例で年2.80%(売方の貸株料は年1.10%)。これを日割りすると次のようになります。

保有日数金利コスト(年2.80%換算)
1日0.0077%
3日0.0230%
5日0.0384%
10日0.0767%
20日0.1534%
60日0.4603%

この2つを並べると、非直感的な数字が出る

株価3,010円の銘柄(その他の銘柄・呼値5円)の往復コストは0.166%でした。これを金利の日数に換算すると——

往復1回分(0.166%)= 制度信用の金利 21.7日分

TOPIX500の2,000円の銘柄(0.025%)でも、3.3日分です。

言い換えると、こうなります。

1回余分に売買することは、その銘柄を3週間余分に持ち続けることと、コスト上は同じ。

私はこの数字を出したとき、自分の運用の何が間違っていたかが一瞬で分かりました。私は「早く手仕舞って現金にしておくほうが安全でコストも小さい」と思っていたのですが、コストの観点では逆だったのです。持つことはほとんどタダで、手を動かすことにだけ課金される

現物の往復コストは日数に関係なく一定で、信用金利の21.7日分に相当する。一方で回数を増やすとそのまま比例して増える

だからチキン利食いは、コストの側からも罰される

この構造は、以前に書いた失敗の型と直結します。

早く利確するということは、1回あたりの値幅を小さくするということです。ところがコストは値幅に関係なく一定です。

つまり、

値幅を半分にすると、期待値は半分になるが、コストは変わらない。コストが期待値を食う比率は2倍になる。

これは、デイトレとスイングの記事で「売買回数=コストと消耗」と書いた部分の、算数の側からの裏づけでもあります。短い時間軸ほどコストに弱いのは、根性の問題ではなく比率の問題です。


第4部:数字で見る——コストは期待値の何%を食うのか

期待値の記事チキン利食いの記事で使った架空のケースを、そのまま流用します。数値はすべて架空で、実測値ではありません。

ケース前提1回あたり期待値
A勝率70% / +3% / −8%−0.30%
B勝率35% / +12% / −5%+0.95%
C勝率70% / +3% / −4%+0.90%
D勝率70% / +1.5% / −2%+0.45%

ここに、第2部で出した往復コストを引きます。

ケースTOPIX500 2,000円
(0.025%)
その他 2,990円
(0.033%)
その他 3,010円
(0.166%)
その他 300円
(0.333%)
B(+0.95%)+0.925%(2.6%)+0.917%(3.5%)+0.784%(17.5%+0.617%(35.1%
C(+0.90%)+0.875%(2.8%)+0.867%(3.7%)+0.734%(18.5%+0.567%(37.0%
D(+0.45%)+0.425%(5.6%)+0.417%(7.4%)+0.284%(36.9%+0.117%(74.1%

(カッコ内はコストが期待値を食う割合)

ケースDと低位株の組み合わせで、期待値の74%がコストに消えます。 手法は変わっていません。通した銘柄の株価が違うだけです。

年間の回転数をかけると、こうなります。

年間回転数TOPIX500 2,000円その他 3,010円その他 300円
12回0.30%1.99%4.00%
24回0.60%3.99%8.00%
52回1.30%8.64%17.33%
100回2.50%16.61%33.33%
250回6.25%41.53%83.33%

ほぼ毎営業日に1回転する運用(年250回)を低位株で回すと、年83%がスプレッドだけで消える計算になります。手数料はゼロのままで、です。

ただし、非直感的な結論がひとつある

ここで多くの記事が「だから回数を減らしましょう」と締めます。私は、それは半分だけ正しいと思っています。

年間の手取りは、

年間手取り = 回転数 ×(1回あたり期待値 − 往復コスト)

です。回転数は両方の項に同じだけかかっているので、符号を変えません。

つまり、

  • 1回あたりの期待値がコストを上回っているなら、回転数は利益の倍率であって、減らせば利益も減る
  • 1回あたりの期待値がコストを下回っているなら、回数を減らしても負けは止まらない。減るスピードが遅くなるだけ

「回転数が高いと負ける」のではありません。1回あたりの期待値がコストを下回っているのに回していると負けるのです。この2つは似ていますが、打ち手がまったく違います。前者の打ち手は「回数を減らす」、後者の打ち手は「そのタグの売買をやめる」です。


第5部:それでも回数を先に疑うべき理由——コストは確定値、期待値は推定値

では、なぜ実務では「まず回数とコスト」から手をつけるほうがいいのか。理由は、2つの数字の性質が違うからです。

コストは、推定する必要がありません。 呼値表を見れば、株価3,010円の銘柄の往復コストは0.166%だと一意に決まります。誤差はありません。

期待値は、推定するしかありません。 しかも、かなり不正確です。1トレードあたりのリターンの標準偏差を6%と置いて、標準誤差を計算するとこうなります。

トレード数期待値の標準誤差95%区間の幅
30回±1.10%4.29ポイント
100回±0.60%2.35ポイント
250回±0.38%1.49ポイント

30トレードの記録から「期待値は+0.9%」と読み取っても、実際は −1.3% から +3.1% のどこかにいる、という程度の解像度しかありません。トレード記録の記事で「件数30未満は判断保留」と書いたのは、このためです。

つまり、こういう非対称があります。

コストは小数点以下3桁まで確定しているのに、期待値は1ポイント単位でも分からない。

したがって合理的な順番はこうなります。

  1. 確定している側(コスト)を先に削る。これは判断でも予測でもなく、算数で決まる
  2. そのうえで、コスト控除後の期待値を記録して推定する
  3. 30件、100件と溜まるにつれて、その推定を更新する

ここで大事なのは2番です。記録のタグ別集計を手数料前・スプレッド前の値幅でつけていると、期待値の符号を取り違えます。ケースDと低位株の組み合わせなら、+0.45% だと思っていたものが実際は +0.117% です。記録上は「効いているタグ」に見えていても、実質はほぼゼロです。

記録には、必ず約定価格ベースの数字を使ってください。 「買値」に自分が出した指値ではなく、実際に約定した値段を書く。それだけでコストは自動的に入ります。


第6部:実データ——高回転の人は、銘柄選びで負けていたわけではなかった

ここまで自作計算が続いたので、実データを2つ置きます。どちらも米国と台湾のもので、日本のデータではありません。

データ1:総額リターンは変わらないのに、手取りだけが違った

Barber と Odean の Trading Is Hazardous to Your WealthJournal of Finance, 2000年, 55巻2号)。米国の大手ディスカウント証券の66,465世帯、1991年2月〜1997年1月の72か月分の実際の取引記録です。

世帯を月次の売買回転率で5分位に分け、リターンを比べています。

月次回転率総額リターン(月)手取りリターン(月)
第1分位(低回転)0.19%1.483%1.470%
第5分位(高回転)21.49%1.548%1.009%

(年率換算:低回転 総額19.3%/手取り19.1%、高回転 総額20.2%/手取り12.8%)

読み方が重要です。

総額(コスト控除前)では、高回転層のほうがわずかに高い(1.548% > 1.483%)。論文は「高回転世帯(第5分位)は低回転世帯(第1分位)を有意には上回らない」としています。要するに引き分けです。

ところが手取りでは、月0.461ポイント、年率で約6.3ポイント負けています。

つまり、高回転層は銘柄選びで負けていたのではありません。同じくらいの選択をして、コストの分だけ削られていたのです。この論文は、市場全体(時価総額加重指数、年17.9%)との比較でも、個人投資家全体の手取りが年100ベーシスポイント超下回ると報告しています。

データ2:負けの3分の2は、銘柄選択ではなく売買コストだった

Barber・Lee・Liu・Odean の Just How Much Do Individual Investors Lose by Trading?Review of Financial Studies, 2009年, 22巻2号)。台湾証券取引所の1995〜1999年、全取引データです。

個人投資家全体の損失は5年でNT$9,350億(当時約320億ドル)、年平均でNT$1,870億。**台湾のGDPの2.2%**に相当します。

そして、その内訳が強烈です。

内訳金額(5年計)構成比
売買そのものの損(銘柄選択)NT$2,490億27%
手数料NT$3,020億32%
取引税NT$3,190億34%
市場タイミングの損NT$650億7%

手数料と取引税を足すと66%。 個人投資家の損失の3分の2は、銘柄を間違えたからではなく、売買という行為そのものに課金されていた分でした。年率換算で3.8ポイントのマイナス寄与です。

留保: 台湾には当時0.3%の証券取引税があり、手数料も現在の日本より高い環境です。この構成比がそのまま日本に当てはまることはありません。借りているのは比率ではなく、**「負けの原因を銘柄選択だと思い込むと、いちばん大きい項目を見落とす」**という指摘のほうです。


第7部:自分に不利な材料——コストは避けられないわけではない

ここまで「コストは思ったより大きい」と書いてきたので、逆向きの証拠を自分から出します。

実際の執行コストは、モデルの推定より1桁小さかった

Frazzini・Israel・Moskowitz の Trading Costs(2018年)は、ある大手運用会社の実際に執行された1.7兆ドル分の取引(6億9,160万件の約定、1,104万件の親注文、21の先進国市場・9,543銘柄、1998年8月〜2016年6月)を使って、市場インパクトを直接測っています。

結果は、平均9.97ベーシスポイント、中央値6.18ベーシスポイント。著者らは「実際の取引コストは、先行研究が示唆するより1桁小さい」と結論しました。

理由も明快です。この運用会社は成行でぶつけず、指値を使って辛抱強く執行していたからです。

つまり、スプレッドは「必ず払うもの」ではない

これは、この記事の主張に対する正当な反論です。第2部の「呼値 ÷ 株価」は、成行で入って成行で出た場合の話でした。指値で並んで待てば、スプレッドを払わずに済むどころか、受け取る側に回ることもあります。

ただし、順張り(モメチン)には構造的な不利があります。

  • 新高値のブレイクに乗るという手法は、「上に抜けたところ」を買います。抜けた瞬間は買い注文が集中しているので、指値で待っていると置いていかれる
  • 逆指値で損切りするという設計は、発動時に成行になります。つまり出口では必ずスプレッドを踏む側に回ります
  • 道具の記事で触れたとおり、実務ではスリッページ(想定価格との差)が1回0.5%程度出ることもあると指摘されています。呼値1つ分どころではありません

したがって、正直な結論はこうなります。

入口では、指値でコストを削れる場面がある。出口では、削れない。

そして削れない出口のほうを優先すべきなのは、損切りの記事に書いたとおりです。コストを惜しんで損切りの逆指値をやめるのは、順序が逆です。


第8部:実装——つまみは3つしかない

往復コストを下げる方法は、突き詰めると3つです。しかも3つとも、買う前に決まります

つまみ1:価格帯(銘柄を選ぶ段階)

52週高値スクリーニングの記事で、除外条件として売買代金と時価総額を置きました。ここに1行足します。

  • 候補が複数あって、位置も出来高も裏付けも同じくらいなら、往復コスト率の低いほうを選ぶ
  • 具体的には、呼値の単位 ÷ 株価 を電卓で出す。株価300円台の銘柄と2,000円台の銘柄では、それだけで6倍違う
  • 株価3,000円・5,000円の直上には段差があることを知っておく(その他の銘柄の場合)

これは「安い株を買うな」という話ではありません。同じ土俵に乗った候補の間で、無料で手に入る差があるという話です。

つまみ2:値幅(手法を設計する段階)

コストは値幅に対して定額なので、目標値幅がコストの何倍かを確認します。

  • 上の表で、コスト比率が5%を超えたあたりから効き始め、20%を超えると設計の前提が崩れます(これは一例の目安であって、根拠のある閾値ではありません)
  • コスト比率が高すぎるなら、打ち手は2つ。値幅を伸ばす(=早い利確をやめる)か、その価格帯をやめる
  • チキン利食いを直せない人ほど、価格帯のほうを先に直したほうが早い場合があります

つまみ3:回数(運用する段階)

回数については、すでに他の記事で答えが出ています。

ここまで書いてきた記事が、結局すべて「回数」の話だったことに、私はこの記事を書きながら気づきました。040は時間、042は場所、043は手段、そして045はコスト。切り口は違いますが、削っているものは同じです。

買う前に確認する4行

□ この銘柄の 呼値 ÷ 株価 は何%か(=往復の下限)
□ 目標値幅は、その何倍か(5%を超えたら設計を疑う)
□ 出口は逆指値か(=スプレッドは払う前提で見積もる)
□ 記録に書く買値は、指値ではなく約定価格か

第9部:それでもコストを払っていい場面

対称に扱っておきます。コストを最小化することが目的化すると、かえって危険です。

  • 損切りの執行。 逆指値の発動時に成行でスプレッドを踏むのは、コストではなく保険料です。ここを削ってはいけません(損切りラインの記事
  • 地合いが崩れたときの縮小。 現金比率の記事で書いたとおり、ブレ幅が広がったときに株式比率を落とす判断は、往復コストを何回か払ってでも実行する価値があります
  • 流動性が薄い銘柄・時間帯を避けるための待ち。 これはコストを払うのではなく、コストを避けるために機会を見送る判断です。候補ゼロならゼロで終えるのは、正しい結果です

コストは、削る対象であって、目的ではありません。


留保

  1. 第2部の「往復コスト=呼値 ÷ 株価」は下限です。 最小スプレッドが常に1呼値であるとは限らず、流動性が薄ければ2呼値、3呼値と広がります。また成行で板を食えば、さらに深い価格で約定します。実際のコストは、この記事の数字より大きくなる方向にずれます

  2. 逆に、指値で待てば下限より小さくなります。 第7部で書いたとおりです。したがって実際のコストは「呼値 ÷ 株価」の上でも下でもありえます。この記事が使っているのは、比較のための共通のものさしとしての下限です

  3. 呼値表は執筆時点のものです。 2027年3月1日からは、指数区分ではなく銘柄ごとの流動性(STR)に基づく制度へ移行する予定と公表されています。表の数字ではなく、手順を覚えてください

  4. 期待値A〜Dの数値はすべて架空です。 既存記事から流用した前提で、実測値ではありません。標準偏差6%という仮定も一例です

  5. 信用金利は一例です。 年2.80%は、ある大手ネット証券の制度信用の公表料率です。会社・区分・銘柄によって違い、逆日歩・貸株料・事務管理費などは含めていません

  6. Schwarz et al. は米国の研究で、PFOF という日本にはない仕組みを含みます。 日本の証券会社の執行品質について何かを示すものではありません。「手数料ゼロでも往復コストはゼロではない」という一般論だけを借りています

  7. Barber-Odean と台湾の研究は、それぞれ1990年代のデータです。 手数料水準が現在とまったく違います。借りているのは水準ではなく、「総額と手取りを分けて見る」という視点です

  8. 税金は入れていません。 20.315%の扱いはNISAの記事で別に扱いました。コスト(引かれる額)と税(利益のシェア)は性質が違うので、この記事では分けています


まとめ

  • 国内株の売買手数料は無料になった。ただし条件として、書面の電子交付やSOR注文の利用が求められる場合がある。コストが消えたのではなく、明細から約定価格の中へ移った
  • 米国の研究では、同時刻・同一注文でも証券会社によって往復コストが −0.07%〜−0.46% と分布した(PFOF では説明できない差)。日本のデータではないが、「明細に載らないコストは検証できない」ことの実例
  • 日本では、コストの下限が呼値表として公開されている。往復コストの下限は 呼値 ÷ 株価
  • この比率は階段状に飛ぶ。2,990円 → 3,010円 で5倍、同じ800円でも指数区分が違えば10倍、最大で26.7倍の差
  • コストは回数に比例し、保有期間にはほぼ比例しない。 往復1回分(0.166%)は制度信用の金利21.7日分。1回余分に回すことは、3週間余分に持つことと同じ
  • 年250回転を低位株で回すと、年83%がスプレッドだけで消える
  • ただし回転数は符号を変えない。符号は「1回あたりの期待値 − 往復コスト」で決まる。負けているなら、回数を減らしても止まらない
  • コストは確定値、期待値は推定値(30トレードでは95%区間が4ポイント超)。だから確実に引かれる側を先に削り、記録は約定価格ベースでつける
  • 米国の家計データでは、高回転層の総額リターンは低回転層と有意に変わらないのに、手取りは年6.3ポイント低かった。負けていたのは銘柄選びではなくコスト
  • つまみは3つだけ。価格帯・値幅・回数。3つとも買う前に決まる

手数料がゼロになったとき、私は「回数のコストがなくなった」と読み違えました。実際に消えたのは、回数のコストが目に見える形で表示されることだけでした。

金額は今も引かれています。ただし、明細ではなく、約定した値段の中に。

次の一歩

次に読む:期待値とトータルで勝つ考え方(記事024)/利確が早すぎて伸ばせない(記事034)/トレード記録のつけ方(記事037)/52週高値スクリーニングの具体的条件(記事028

あわせて:デイトレとスイング、兼業はどっち?(記事031)/新高値銘柄の探し方(記事042)/モメチンに必要な道具一式(記事043)/NISAで順張りはできるのか(記事044)/損切りラインの決め方(記事011


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本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品・金融機関・サービスの取得、売却、保有、利用を推奨・勧誘するものではありません。また、投資助言・税務助言を行うものでもありません。記載の手数料、料率、呼値の単位、売買制度、各社のサービス仕様は執筆時点の公表資料に基づくものであり、その後変更されている可能性があります。実際の手数料・コスト・取引条件については、必ずご利用の金融機関および日本取引所グループの公表資料をご確認ください。本記事の内容は筆者個人の見解に基づくものであり、正確性・完全性を保証するものではありません。記載の計算例はすべて架空の前提に基づくものです。投資には元本割れを含むリスクがあります。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任と判断において行ってください。本記事の情報を利用して生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いません。過去の実績や調査結果は、将来の成果を保証するものではありません。


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