相場が崩れた時の現金比率|「怖いから」ではなく「ブレ幅が広がったから」で決める

本記事は情報提供を目的とした個人の見解であり、投資の勧誘・助言ではありません。特定の銘柄・手法・比率を推奨するものではなく、記載の数値例は説明のための一例および架空のシミュレーションです。投資判断はご自身の責任でお願いします。

リード

地合いが崩れた日の夜、口座を開いてこう思ったことがあると思います。

「これ、いったん全部現金にしたほうがいいんじゃないか」

そして翌朝、成行で全部売る。あるいは、売れないまま数日間ずっと画面を見ている。どちらにしても、その週はほとんど仕事が手につかない。

さらに厄介なのはその次です。売った後に相場が戻り始めると、今度は**「戻す判断」**が待っています。買い直すべきか、もう少し待つべきか。結局、十分に戻ってから買い直して、下で売って上で買うという一往復を完成させる。

この記事が扱うのは、その一連の動きの根っこにある**現金比率(キャッシュポジション)**です。

先に結論を言うと、この記事は「暴落時は現金比率を◯%にしましょう」という話をしません。そうではなく、現金比率を「暴落の最中に決めるもの」から「暴落の前に決めておくもの」に変えるという話をします。

そして、その基準を**「下がりそうだから」という予想ではなく、「値動きのブレ幅が広がったから」という観測**に置き換えます。予想は当たりませんが、ブレ幅は測れるからです。

なお、順張り(モメチン)を軸にしているこのブログでは、この話には一段深い理由があります。モメンタム戦略が歴史的にいちばん壊れたのは、暴落の最中ではなく暴落の後だった——ここから始めます。


結論:現金比率は「予想」ではなく「観測」で動かす

先に要点を5つ。

  • 順張りにとって危険なのは暴落そのものより、暴落後の急反発です。米国株の1927年以降のデータで、モメンタム戦略の最悪の月は1932年8月(−74.36%)と1932年7月(−60.98%)、次いで2009年4月(−45.52%)と2009年3月(−42.28%)。すべて大底の直後の反発局面でした(Daniel & Moskowitz, 2016)。
  • それでも**「暴落を見てから現金にする」は構造的に難しい**。2024年8月5日、日経平均は史上最大の4,451円安(−12.39%)を記録しましたが、その翌日が史上最大の上げ幅(+10.22%)でした。7月末から8月末までを持ち切った場合は−1.16%、8月5日の引けで全部売って現金のままだった場合は−19.55%。判断1回で18.4ポイント違います
  • ただし「だから何もするな」という定番の助言も、そのままでは受け入れられません。「最良のN日を逃すとリターンが消える」という議論は片側だけを見たもので、最悪のN日を避けた場合の利得はほぼ対称です(Asness, 1999/2025)。問題は「動くこと」ではなく、0か100かで動くことにあります。
  • ではどう決めるか。株式比率 = min(100%, 目標のブレ幅 ÷ 直近に観測されたブレ幅)。上がるか下がるかの予想を一切使わず、揺れの大きさだけで比率を決める型です。学術研究では、この種の調整がモメンタム戦略のクラッシュ耐性を大きく改善したと報告されています(Barroso & Santa-Clara, 2015/Moreira & Muir, 2017)。ただし実装可能な形にすると効果は消えるという反証研究もあるので、断定はしません。
  • そして、現金比率の一次的な役割は**「安く買うための弾」ではなく「自分の意思と無関係に降ろされないための余白」**です。順序を間違えると、現金は暴落時に高値掴みの燃料になります。

なぜ順張り投資家にとって特別な問題なのか

「暴落したら現金を増やす」は直感的です。でも順張りをやっている人間にとって、これは思っているより厄介な話になります。理由を先に見ておきます。

モメンタムの最悪の月は、すべて大底の直後だった

Kent Daniel と Tobias Moskowitz が2016年に Journal of Financial Economics で発表した「Momentum crashes」という論文があります(122(2), pp.221-247)。米国株について、過去の勝ち組を買い・負け組を売るモメンタム戦略(WML)の月次リターンを1927年から2013年まで調べたものです。

この論文の要旨に、こう書かれています。

モメンタム・クラッシュは部分的に予測可能である。それは「パニック状態」——市場の下落の後で、かつ市場のボラティリティが高いとき——に起き、市場のリバウンドと同時に起きる。

最悪だった月を並べると、こうなります(論文 Table 2)。

順位時期モメンタム戦略の月次リターン
11932年8月−74.36%
21932年7月−60.98%
42009年4月−45.52%
72009年3月−42.28%
102009年8月−30.54%

日付を見てください。1932年6月は大恐慌の大底、2009年3月はリーマンショックの大底です。 つまりモメンタム戦略は、暴落している最中ではなく、暴落が終わって全部が急反発する局面で最大の損失を出しています

何が起きているかというと、1932年7〜8月の2か月間で、それまでの負け組10分位が232%上昇しました(勝ち組は32%)。2009年3〜5月には負け組が163%上昇しています。ボロボロに売られていた銘柄が、反発局面で数倍になる。順張りをしている人は、そういう銘柄を持っていません。

論文はこれを数字でも示しています。ベア相場(過去2年の市場の累積リターンがマイナスと定義。1927年1月〜2013年3月の1,035か月のうち183か月が該当)では、モメンタム戦略のアルファは月あたり2.04%低く、マーケット・ベータは1.131低い。さらにベア相場の最中に市場が上昇した月には、追加でベータが0.815下がる。つまり「下げ相場のあとの戻り」で最も置いていかれる構造になっています。

大事な留保:これはロング・ショートの話

ここで正直に留保を入れておきます。この研究は「勝ち組を買い、負け組を空売りする」ロング・ショート戦略の話です。 個人が日本株を現物で数日〜数週間買う(買いだけの)取引とは条件が違います。負け組が232%上がったことによる損失は、空売りをしていない人には直接は発生しません。

それでも、この論文が私たちに教えてくれることが2つあります。

1つは、順張りの型が最も効かなくなる局面がいつなのかが具体的に分かること。「ベア相場のあとの急反発」です。この局面では、新高値を更新している銘柄そのものが極端に少なくなり(記事028)、出てきたブレイクもだましになりやすい(記事010)。買いだけでも、勝率と損益率の両方が悪化します。

もう1つ、こちらのほうが重要です。「暴落した→現金を増やそう」と考える人が動き出すタイミングと、モメンタムが最も壊れるタイミングは、ほぼ重なっているということです。つまり、あなたが現金比率について真剣に考え始めるその瞬間は、統計的に見て判断の質がいちばん当てにならない場所にあります。


それでも「暴落を見てから現金にする」が難しい理由

では、パニック状態が来たら現金にすればいいのか。ここで、いちばん有名な反例を見ます。

2024年8月5日と、その翌日

ちょうど2年前の話です。日経平均は2024年8月5日に4,451円28銭(12.39%)安を記録しました。ブラックマンデー翌日の1987年10月20日(3,836円48銭安)を超える、史上最大の下げ幅です。終値は31,458円42銭。下落率でも史上2番目でした(日経平均 読む・知る・学ぶ)。

そして翌8月6日、日経平均は3,217円04銭(10.22%)高をつけます。こちらは史上最大の上げ幅でした。

さらに、8月30日には38,647円75銭と、7月31日以来の高値まで水準を戻しています。7月末の終値は39,101円82銭でしたから、1か月かからずにほぼ元に戻った計算になります。

数字にすると、こうです。

2024年8月の日経平均:暴落と反発のタイミング

2024年7月31日 → 8月30日結果
そのまま持ち切った場合−1.16%
8月5日の引けで全部売って、現金のまま待った場合−19.55%
18.39ポイント

8月5日と6日の2日間だけを取っても、持ち切りは−3.44%、5日の引けで全売却は−12.39%。差は8.95ポイントです。

これを「持ち切りが正解」と読んではいけない

ここが大事なところなので、はっきり書きます。これは結果論です。

2024年8月5日に売った人が間違っていて、持ち切った人が正しかった、という話ではありません。もし日銀の内田副総裁の8月7日の発言(「金融資本市場が不安定な状況で利上げをすることはない」)がなかったら、あるいは米国の景気指標がさらに悪かったら、まったく違う結果になっていた可能性は普通にあります。

私が言いたいのは、もっと限定的で、もっと実務的なことです。

暴落の最中の1回の判断で、1か月の成績が18ポイント動く。それは、その日の判断に極端なレバレッジがかかっているということです。

そして、そのレバレッジがかかった判断を、普段より睡眠が浅く、板が壊れていて、SNSが最も騒がしい日に下すことになります。判断の質が最も落ちる日に、判断の重みが最も大きくなる。これが構造的な問題です。

最良の日と最悪の日は、隣り合って現れる

2024年8月のケースは日本の1事例ですが、これは偶然ではありません。米国株の集計でも同じ傾向が繰り返し報告されています。

  • 10の最悪の日と10の最良の日の間隔の中央値は7日Morningstar)。
  • 2009〜2019年の最良20日のうち18日が、最悪10日から10営業日以内に起きている(Wells Fargo Investment Institute)。

理由は考えてみれば当たり前で、大きく下げる日と大きく上げる日は、どちらも「ボラティリティが高い局面」に集中して発生するからです。静かな相場では、最悪の日も最良の日も起きません。

つまり「最悪の日だけを避けて、最良の日だけに乗る」というのは、同じ時期の中から都合のいい日だけを選り分けることを意味します。事前にそれができる根拠を、私は持っていません。


ただし「だから何もするな」も、そのままでは受け入れられない

ここまで読むと、「じゃあ動かないのが正解だ」という結論になりそうです。実際、証券会社や運用会社の資料でよく見る主張がこれです。「最良の10日を逃すと、長期リターンの大半が消えます。だからタイミングを計らず持ち続けましょう」。

ところが、この議論には論理的な穴があります。指摘したのはAQRのクリフ・アスネスで、1999年に書いた論文が学術誌に却下された(!)のち、2025年に25年分のアウトオブサンプル検証を付けて公開しました(AQR, 2025)。

穴は単純です。「最良のN日を逃したら」の裏側にある「最悪のN日を避けられたら」を、誰も見せていない。

S&P500、1997年1月〜2024年4月(年率)最良のN月を外す最悪のN月を外す
N = 0(そのまま)9.3%9.3%
N = 38.0%(−1.3%)11.2%(+1.9%)
N = 125.0%(−4.3%)14.9%(+5.6%)
N = 241.8%(−7.5%)18.9%(+9.6%)

利得のほうがわずかに大きいくらいです。原論文の1970〜1996年でも、日次データで見ても、同じ形になります。

さらにアスネスは、正規分布からシミュレーションしても同じような表ができることを示しました。株のリターンが特殊なのではなく、「極端な日を抜くと複利が大きく変わる」というのは複利の算数の性質にすぎない、という話です。

ではアスネスは「タイミングを計れ」と言っているのか。言っていません。 彼の結論はこうです。

タイミングを避けるべき理由は「失敗したときの被害が大きいから」ではない。自分にそれを当てる能力がない可能性が高いからである。能力があると信じるなら、信じる度合いに比例した大きさでだけやればいい。数か月間だけ100%現金にするような極端で非対称な賭けは、そのどちらでもない。

そしてアスネス自身が示した「穏当な例」が示唆的です。常に株80%/債券20%を持つ戦略に対して、最良の12か月だけ60/40に落とし、最悪の12か月だけ100/0に上げるという**「完璧に下手なタイミング」の年率は−1.6%。その正反対の「完璧に上手なタイミング」**は+1.6%(アウトオブサンプルでは±1.8%程度)。

つまり、シフトの幅を穏当にした瞬間に、上手いか下手かの影響は劇的に小さくなります。

ここに、この記事の実務的な核があります。

問題は「現金比率を動かすかどうか」ではなく、「0か100かで動かすかどうか」です。


では何を基準に動かすのか:予想ではなく、観測されたブレ幅

予想は当たりません。しかし、すでに起きたことは測れます

現金比率を決める基準を、「これから下がりそうか」から「直近の値動きの揺れがどれくらい大きいか」に置き換えるのが、ここからの提案です。

型:株式比率 = min(100%, 目標のブレ幅 ÷ 直近のブレ幅)

やることは割り算1つです。

  1. 自分が受け入れる目標のブレ幅を決める(年率で。例:15%)
  2. 直近20営業日の値動きのブレ幅を年率換算で測る
  3. 目標 ÷ 直近 の答えを株式比率にする(100%を上限に)。残りが現金

ブレ幅で現金比率を決める仕組み

目標を年率15%に置いた場合、こうなります。

直近のブレ幅(年率)株式比率現金比率
10%100%0%
15%100%0%
20%75%25%
25%60%40%
30%50%50%
40%37%63%
60%25%75%

ブレ幅が2倍になれば、株式比率は半分。 それだけです。

この型の何が良いかというと、上がるか下がるかの予想を一度もしていないことです。使っているのは「揺れの大きさ」という、すでに観測された量だけ。しかも暴落局面ではブレ幅が跳ね上がるので、結果としてポジションは自動的に縮みます。「怖くなったから売る」のと結果は似ていますが、意思決定の中身がまったく違います。

そして意思決定の中身が違うと、戻すときの動きも変わります。「怖くなったから売った」人は、戻す基準を持っていません(だいたい十分に上がってから戻ります)。ブレ幅で決めている人は、ブレ幅が落ち着けば自動的に戻ります。出口だけでなく入口も同じルールで決まる、というのがこの型の本質です。

ブレ幅の測り方(電卓かスプレッドシートで足りる)

難しい計算ではありません。

  1. 直近20営業日の日々の変化率を並べる(今日の終値÷前日の終値−1)
  2. その20個の標準偏差を出す(表計算ソフトの STDEV 関数)
  3. √252(≒15.87)を掛けると、年率換算のブレ幅になります

日経平均でも、自分が主に触っている銘柄でも、どちらでもかまいません。むしろ**「地合い」の判断には指数、「1銘柄あたりいくら張るか」の判断には個別銘柄**、と使い分けるほうが素直です(記事014)。

学術的な裏付け——と、その反証

この考え方には、モメンタム戦略そのものを対象にした研究があります。

Barroso と Santa-Clara(2015, JFE 116(1))は、モメンタム戦略を直近6か月の実現ボラティリティの逆数でスケールしました。結果は、シャープレシオが 0.53 → 0.97。ただし彼ら自身が強調しているのは、リターンの改善よりクラッシュ・リスクの縮小のほうです。超過尖度が 18.24 → 2.68、左方向の歪度が −2.47 → −0.42。つまり「とんでもない負け方をする確率」が大きく減りました。

Moreira と Muir(2017, JF 72(4))は、これをモメンタムに限らず市場・バリュー・収益性・通貨キャリーなど広い範囲で確認しています。市場ポートフォリオではアルファ4.9%、バイ&ホールドのシャープを約25%改善。理屈は「ボラティリティが上がっても、期待リターンがそれに比例して上がるわけではないから、ブレ幅で比率を調整すると割に合う」というものです。

ただし、ここで止めては不誠実です。 この種のボラティリティ・マネージ戦略には、有力な反証があります。「回帰分析では有意なアルファが出るが、実時間で実装可能な形(先読みをしない形)にすると、元の戦略を上回らない」という指摘です(Cederburg et al., JFE 2020)。

なので、私はこれを「効くと確定した手法」としては書きません。私がこの型を使う理由は、リターンを上げるためではなく、判断を減らすためです。暴落の日に「どうしよう」と考える回数を、割り算1つに置き換えられる。それだけで十分に元が取れる、という位置づけです。


4つのルールを、2つの世界で回してみる

ここまでの話を、数字で確かめてみます。以下は架空のシミュレーションです(Pythonで実行。2,000本×10年、ボラティリティが固まって現れる性質を持つモデル。売買コスト・税・スリッページは一切考慮していません)。

比べたのは4つのルールです。

  • ①常に株100%(何もしない)
  • ②固定:株70%/現金30%(暴落と無関係に、常にこの比率)
  • ③ブレ幅で調整(目標15%、月1回だけ見直し)
  • ④−10%で全部現金/+10%で全部株(直近高値から10%下げたら全部降り、直近安値から10%戻ったら全部乗る)

そして、これを2つの違う世界で回しました。

  • モデルA:暴落したあと、そのまま下げが続きやすい世界
  • モデルB:暴落したあと、V字で急反発する世界

モデルA:反発の力がない世界

戦略年率年率ボラシャープ最大DD(中央値)
①常に株100%3.03%19.7%0.16−45.2%
②固定 株70%/現金30%2.53%13.8%0.19−33.5%
③ブレ幅で調整3.01%15.5%0.19−36.0%
④−10%で全現金/+10%で再投資7.62%15.0%0.51−22.3%

④の圧勝です。シャープレシオが0.16から0.51になり、最大ドローダウンは半分以下。これを見れば誰でも④を選びます。

モデルB:暴落後にV字反発が起きる世界

戦略年率年率ボラシャープ最大DD(中央値)
①常に株100%12.29%19.7%0.62−24.5%
②固定 株70%/現金30%8.90%13.8%0.64−17.6%
③ブレ幅で調整9.97%15.5%0.64−19.5%
④−10%で全現金/+10%で再投資10.77%16.1%0.67−20.1%

④の優位はほぼ消えました。 シャープは0.67と0.62でほとんど差がなく、絶対リターンでは①に1.5ポイント負けています

同じルール、同じパラメータ、違うのは「暴落の後に反発が来るかどうか」だけ。それだけで結論がひっくり返ります。

ここから読み取るべきこと

私たちは、自分がどちらの世界にいるかを事前には知りません。

2024年8月はモデルBの世界でした。2008年の後半はモデルAの世界でした。2011年の震災の後は、V字でもなく下落継続でもなく、長いレンジでした(記事008)。そして、どの世界にいるかは、後になってからしか分かりません。

一方で、②と③を見てください。どちらの世界でも、①より少しだけ良いシャープと、大幅に浅いドローダウンを、安定して出しています。

  • モデルA:シャープ 0.16 →(②③)0.19、最大DD −45.2% →(②)−33.5%
  • モデルB:シャープ 0.62 →(②③)0.64、最大DD −24.5% →(②)−17.6%

派手ではありません。むしろモデルBでは、絶対リターンは①より明確に低い(12.29% → 8.90%)。これは正直に書いておくべきことです。

現金比率は、リターンを買っているのではありません。ドローダウンを買っています。

そして、ドローダウンが浅いことの価値は、表の外にあります。−45%の口座を持ったまま兼業の仕事を続けられる人は多くありません。途中でやめてしまえば、その後の相場がどうなろうと関係がなくなります。

⚠️ このシミュレーションの限界:これは日本株の実データ検証ではなく、架空のモデルです。売買コスト・税・スリッページ・約定できないリスクを一切含んでいません。パラメータを変えれば数字は変わります。ここで示したいのは「どの数字が正しいか」ではなく、「④のような極端なルールの成績は、検証できない前提に強く依存する」という構造です。


現金比率の一次的な役割は「弾」ではなく「余白」

ここまで技術的な話をしてきましたが、順序として先に来るべき論点が1つあります。

現金比率の話をすると、多くの記事が「暴落は安く買うチャンスだから現金を持て」という書き方をします。この考え方自体を否定はしません。ただ、順張りをやっている人間にとって、その順序は危険です。

「弾がある」は「撃たなければならない」に化ける

私はこれを、自分の失敗として知っています。

2011年、震災の直後に、私は東京電力と日経平均ETFを買いました。「みんなが売っている今がチャンスだ」という、いわゆるすけべ心です。結果は、長いレンジ相場のなかで戻らないまま、疲れて手仕舞い(記事008)。

このとき何が問題だったかを、長いあいだ「逆張りをしたこと」だと思っていました。それも正しいのですが、いま振り返ると、その手前に別の問題があります。

現金があったから、買ってしまったのです。

現金比率が高い状態で暴落を見ると、頭の中に「せっかく現金を用意していたのに、使わなかったら意味がない」という圧力が生まれます。これは、含み損があると新しい賭けが魅力的に見える現象(記事035)とよく似た構造で、参照点が動いているだけです。

だから、私が現金比率について書ける最も正直なことは、これです。

現金は、暴落時に「買う」ためではなく、暴落時に「何もしなくていい」ようにするために持つ。

「何もしなくていい」状態を作れれば、そのあとでトレンドが戻ってから乗り直す記事019)という順張りらしい選択が可能になります。底で買う必要はまったくありません。

現金がないと、意思と無関係に降ろされる

もう1つ、制度的な理由があります。信用取引を使っている場合、現金余力の不足は「不利」ではなく「強制」になります。

一般に、委託保証金維持率が各社の定める水準(20%程度が多い)を下回ると追証が発生し、期限までに入金または建玉の決済をしなければ強制決済されます(SMBC日興証券東海東京証券率も期限も証券会社ごとに異なります)。

強制決済の何が最悪かというと、そのタイミングを自分で選べないことです。しかもその日は、たいてい相場がいちばん荒れている日です。8月5日のような日に、自分の意思とは無関係に、いちばん悪い値段で降ろされる。

現物だけで取引していても、構造は同じです。フルポジションで暴落を迎えると、次の一手を選ぶ自由がなくなります。

SNSやブログでよく語られる型として、こういうものがあります(一般的によく語られる話であって、私自身の体験ではありません)。

確信のある1銘柄に資金のほぼ全部を投入していた。悪材料が出て株価が短期間に大きく下落し、資産全体が直撃を受けた。余力がないので、買い直すことも、別の銘柄に乗り換えることも、損切りして仕切り直すこともできない。含み損を抱えて祈るだけの状態になった。(REF-08)

逆の型もあります。

平時から一定の現金比率を守っていた投資家は、暴落時も追証や狼狽と無縁で、冷静さを保てた。含み損の売却を迫られなかったので、自分のルールに沿って淡々と対応でき、相場に残り続けられた。それが結果的に最大のリターン源になった。(REF-15)

どちらも「よくある話」であって、統計ではありません。ただ、この2つを並べると、現金比率がリターンの話ではなく「選択肢を持ち続けられるかどうか」の話であることが見えやすくなります。


兼業のための実装:3つの層に分ける

ここまでを、実際に使える形にまとめます。私は現金を3つの層に分けて考えています。混ぜると必ず失敗するからです。

第0層|生活防衛資金(そもそも「現金比率」に数えない)

投資口座の外にある、生活のためのお金です。何か月分が適切かは人によりますが、重要なのは金額よりも「投資口座の残高に含めない」ことです。

これを投資口座に入れて「現金比率50%」と数えていると、暴落時に必ずこう考えます。「まだ現金が半分あるから大丈夫」。それは半分嘘です。使えない現金だからです。

現金比率の分母は、「全部失っても生活が続くお金」だけ。

第1層|平時の基準比率(暴落と関係なく、いつも持っている割合)

これが本体です。ポイントは、この数字を暴落の日に決めないこと。今日、静かな日に決めておきます。

決め方は「いくら儲かるか」ではなく、**「最大でどれだけ減ったら、自分は続けられなくなるか」**から逆算します。

株の下落現金0%現金20%現金30%現金50%
−20%−20.0%(回復に+25.0%)−16.0%(+19.0%)−14.0%(+16.3%)−10.0%(+11.1%)
−30%−30.0%(+42.9%)−24.0%(+31.6%)−21.0%(+26.6%)−15.0%(+17.6%)
−50%−50.0%(+100.0%)−40.0%(+66.7%)−35.0%(+53.8%)−25.0%(+33.3%)

(口座の下落 = (1−現金比率) × 株の下落、必要回復率 = 下落率 ÷ (1−下落率)。記事035と同じ算数です)

使い方は簡単で、**「この列のいちばん下の数字を見て、平常心でいられるか」**を自分に聞きます。−50%は+100%取り返さないと戻りません。−35%なら+53.8%です。どちらが自分に耐えられるか、という問いに変わります。

具体的な数字を私が指定することはしません。「◯%が正解」という数字は存在しないからです。ただ、決めるときの基準として使えるのは、この表の右下の欄です。

第2層|ブレ幅による調整(月1回、割り算1つ)

第1層で決めた比率を上限として、直近のブレ幅で機械的に縮めます

  • 月末など、日付を決めて(暴落の日ではなく)
  • 直近20営業日のブレ幅を年率換算で測り
  • 株式比率 = min(第1層の比率、目標ブレ幅 ÷ 直近ブレ幅)

見直しの頻度を月1回に固定するのは、「今日見直したい」と思った日ほど見直してはいけないからです。シミュレーションでも、③は月1回の見直しで十分に機能していました。

第3層|1銘柄あたりの上限(現金比率とは別の防御)

ここは記事014の領域ですが、忘れると第1層・第2層が無意味になります。現金比率30%でも、残り70%を1銘柄に入れていれば、その1銘柄が半値になった時点で口座は−35%です。

現金比率は「相場全体」に対する防御、1銘柄上限は「個別の事故」に対する防御。別の武器なので、両方いります。

コピー用:暴落した日に開くメモ

暴落の日にゼロから考えないための、事前に書いておくメモの例です。

【相場が崩れた日にやること】

□ 今日は比率を変えない(見直しは毎月◯日と決めてある)
□ 保有銘柄の逆指値が、今も有効かだけ確認する
□ 制限値幅で約定していない注文がないか確認する
□ 信用建玉があるなら、維持率だけ確認する(追証の有無)
□ 買い増しはしない。ナンピンもしない
□ SNSと掲示板は開かない
□ 明日以降の判断は、板が閉じた夜に、紙に書いてから出す

【やらないこと】
× 今日の値段を見て現金比率を決める
× 「せっかく現金があるから」で買う
× 全部売る/全部買う(0か100かの判断をしない)

【次に比率を見直す日】:◯月◯日
【そのとき使う式】:株式比率 = min( ◯% , 目標◯% ÷ 直近20日のブレ幅 )

「買い増しをしない」を明示しているのは、暴落時の買い下がりが最も損失を膨らませやすいからです(記事022)。現金比率を上げる話と、下げている銘柄を買い増す話は、まったく別物として扱ってください。


それでも「大きく降りていい」場面

対称に扱っておきます。ここまで「0か100かで動くな」と書いてきましたが、大きく比率を落とすことが合理的な場面はあります。

  • 自分のルールが機能していないとき。エントリー条件を満たす銘柄が出てこない、出てきても連続でだましになる(記事010)。これは予想ではなく観測です。ルールが空振りしているなら、張らないのが正しい。
  • 生活側の事情が変わったとき。転職、家族の状況、必要資金の予定。相場と無関係に、取れるリスクの量が変わります。
  • 自分が判断できる状態にないとき。連敗直後(記事035)、寝ていない、仕事が繁忙期。「今週は新規を建てない」は立派な資金管理です。
  • 決算やイベントで、値動きが自分の逆指値の外に飛ぶ可能性が高いとき(記事030)。逆指値は制限値幅の外では執行できません(記事033)。

共通しているのは、どれも**「相場がどうなるか」ではなく「自分がどうか」を根拠にしている**ことです。相場の予想を根拠に大きく降りるのは避け、自分の状態や、ルールの空振りという観測を根拠にするなら、大きく降りてかまわない。この線引きが、私にとっては使いやすい形でした。


留保:この記事で言っていないこと

誠実さのために、はっきり書いておきます。

  1. 「現金比率を上げればリターンが上がる」とは言っていません。 シミュレーションでも、V字反発が起きる世界では絶対リターンは明確に下がりました。買っているのはドローダウンの浅さであって、リターンではありません。
  2. ブレ幅で調整する型が「効く」と確定してはいません。 学術研究には強い支持がある一方で、実装可能な形にすると効果が消えるという反証もあります。私がこの型を使う理由は、リターンではなく判断回数を減らせるからです。
  3. モメンタム・クラッシュの研究は、買いだけの個人投資家の話ではありません。 米国株のロング・ショートの月次データです。「順張りが効かない局面がいつか」を教えてくれる資料として使っています。
  4. 2024年8月の数字は結果論です。 あの日に売った人が間違いだった、という主張ではありません。1回の判断の重みが極端に大きい日が存在する、という指摘です。
  5. 「暴落は買い場」という主張はしていません。 むしろ逆で、現金は買うためではなく、何もしなくていいために持つ、という位置づけです。

教訓:私の失敗は「現金がなかったこと」ではなかった

最後に、いちばん個人的な部分を書きます。

現金比率の記事を書こうと決めたとき、最初に思い出したのは2008年のFXでした(記事007)。レバレッジをかけすぎて、リーマンショックの記録的な荒れ相場に振り回されて退場した話です。これは分かりやすく「余力がなかった」失敗です。

でも、書きながら気づいたのは、2011年のほうが自分にとっては重要な失敗だったということでした(記事008)。震災の後、私には現金がありました。だから買えました。そして負けました。

現金があったことが、失敗の原因の一部だったわけです。

これは「現金を持つな」という意味ではありません。そうではなく、現金比率という道具が何のためにあるのかを、私が理解していなかったということです。私は現金を「暴落を待ち構えるための弾」だと思っていました。だから暴落が来たとき、撃たないという選択肢が最初からありませんでした。

いま私が現金比率をどう位置づけているかを一文にすると、こうなります。

現金は、相場が崩れた日に「今日は何も決めなくていい」と言うための道具。

比率をいくつにするかより、この位置づけのほうが先です。位置づけを間違えたまま比率だけ上げると、暴落時に高値掴みをする準備が整うだけになります。

そして、この位置づけが正しく置けていれば、暴落の日にやることは「何もしない」で足ります。何もしないためには、前もって決めてあることが必要で、そのために第1層と第2層を用意しておく。順番はこうです。

決めるのは平時。実行するのは有事。判断するのは、どちらでもない。


まとめ

  • 順張りにとって最も危険なのは暴落そのものではなく、暴落後の急反発です。モメンタム戦略の最悪の月(1932年8月 −74.36%、2009年4月 −45.52% 等)はすべて大底直後の反発局面で、これは「パニック状態(下落の後+高ボラ)」で予測可能な形で起きる、と報告されています(Daniel & Moskowitz, 2016)。ただしロング・ショートの研究であることは留保します。
  • 暴落を見てから現金化するのは構造的に難しい。 2024年8月5日は史上最大の下げ幅(−12.39%)でしたが、翌日が史上最大の上げ幅(+10.22%)。7月末から8月末で見ると、持ち切り−1.16%に対し、8月5日引けで全売却は−19.55%。判断1回で18.4ポイント動きます(結果論であることは明記します)。
  • 「最良のN日を逃す」論は片側だけの議論です。最悪のN日を避けた場合の利得はほぼ対称で、正規分布のシミュレーションでも同じ形が出ます(Asness, 1999/2025)。問題は動くことではなく、0か100かで動くことです。
  • 基準は予想ではなく観測に置きます。株式比率 = min(100%, 目標のブレ幅 ÷ 直近20日のブレ幅)。ブレ幅が2倍なら比率は半分。学術的な支持はありますが(Barroso & Santa-Clara, 2015/Moreira & Muir, 2017)、実装形では効果が消えるという反証もあるため、リターン向上ではなく判断回数の削減として使います。
  • 架空のシミュレーションでは、「−10%で全部現金・+10%で全部株」のような極端なルールは、暴落後に反発が来るかどうかで結論が反転しました(シャープ0.51 → 0.67で優位消失、絶対リターンは持ち切りに負ける)。一方固定比率とブレ幅調整は、どちらの世界でも安定して浅いドローダウンを出しました。現金比率が買っているのはリターンではなくドローダウンです。
  • 実装は3層+1つ。第0層=生活防衛資金(分母に入れない)/第1層=平時に決める基準比率/第2層=月1回、ブレ幅で機械的に縮める/第3層=1銘柄あたりの上限
  • 位置づけを間違えないこと。**現金は「安く買うための弾」ではなく「暴落の日に何もしなくていいための余白」**です。私は震災の後、現金があったから買ってしまいました。
  • 次に読む:いくら張るか=ポジションサイズの決め方(記事014)/損切りラインの引き方(記事011
  • あわせて:モメンタム投資のデメリットと向かない人(記事018)/震災の底値拾いで失敗した話(記事008)/トレーリングストップで利を伸ばす(記事032)/エントリー前チェックリスト10項目(記事033

免責事項

本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の取得・売却・保有を推奨・勧誘するものではなく、投資助言を行うものでもありません。本文中の現金比率・目標ボラティリティ・下落率などの数値はすべて考え方を説明するための一例であり、特定の比率や設定を推奨するものではありません。シミュレーションの結果はPythonで実行した架空のモデルに基づく仮想的なもので、実在の市場・銘柄の検証結果ではなく、売買手数料・税・スリッページ・約定できないリスクを含んでいません。仮想的な運用成績には多くの本質的な限界があり、実際の運用成果を示すものでも、達成可能な成果を示唆するものでもありません。引用した学術研究は主に米国市場のロング・ショート戦略やファクター・ポートフォリオを対象としたものであり、対象期間・市場・手法が異なる読者の投資成果を保証・予測するものではありません。また、これらの研究には反証的な研究も存在することを本文中に記載しています。2024年8月の日経平均に関する記述は日本経済新聞社の公表値に基づく過去の事実の記録であり、特定の対応が正しかったことを示すものではありません。信用取引・追証に関する記述は執筆時点(2026年8月)で確認できた各社の公開情報に基づく一般的な説明であり、具体的な保証金率・維持率・期限・手続きは証券会社ごとに異なるため、必ずご利用の証券会社の規定をご確認ください。投資には元本割れを含むリスクがあります。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任と判断において行ってください。本記事の情報を利用して生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いません。過去の実績や調査結果は、将来の成果を保証するものではありません。


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