配当落ちで株価はいくら下がるのか|「配当の分だけ下がる」をやめる。落ち幅は55年間どの研究も一致しておらず、同じ日本のデータでも月で符号が反転するから

本記事は情報提供を目的とした個人の見解であり、投資の勧誘・助言ではありません。記載の制度・数値は執筆時点の公表資料に基づくもので、その後変更されている可能性があります。投資判断はご自身の責任でお願いします。

リード

前回、配当や優待が出口の判断を歪めるという話を書きました。その記事でいちばん強い証拠として使ったのは、日本取引所グループの用語集にあるこの一文です。

「権利落日の株価は当該権利の相当額分下落することとなります。」

配当はどこかから湧いてくるお金ではなく、株価から出ている。取引所自身がそう書いている——という話です。

書いたあとで、自分の書いた文章に引っかかりました。

「相当額分」って、本当に相当額分なのか?

調べたら、これが想像よりずっと深い穴でした。

  • 米国では配当の**約78%**しか下がらない(1970年)
  • 税金のない香港でも、配当 HK$0.12 に対して下落は HK$0.06=約半分(1998年)
  • 日本の1983〜87年はほぼ満額下がっていた(1990年)
  • ところが日本の別の研究では、権利落ち日に株価はむしろ上がる(1995年)
  • そして日本の高配当上位50銘柄は、配当額の約2倍下がる(2017年)

同じ現象について、55年かけて、0.5倍・0.78倍・1倍・2倍・そもそもプラスという答えが出ています。しかもどれも一流誌か査読誌です。

さらに調べると、直近のデータでも同じことが起きていました。東証4,083銘柄・権利落ち日56,319件を月別に分けると、3月末は−1.53%、12月末は+0.71%。同じ「配当落ち」で符号が反転します。

この記事は、NISA実効コスト配当と優待損出しと同じ形——手法の外側にある枠を1枚だけ足して、既存の設計がどう歪むかを見る——の5回目です。ただし今回は、前回の自分が使った柱を、自分で揺らしにいく回でもあります。


結論:落ち幅は誰も知らない。だから「配当の分だから大丈夫」は判断ではなく気休め

  • 東京証券取引所は、配当落日の基準値段を「配当付最終値−配当金額」で引き下げる。つまり制度としては1.0倍落ちる前提で組まれている。ただしこれは観測値ではなく約束事
  • しかもその「配当金額」は確定額ではない。取引所は前営業日の午後3時までに会社が開示した「予想配当金額」を使う。予想が未定なら前年同期の実績を代わりに引く。基準そのものが推定値
  • 実際の落ち幅は、1970年から現在まで、どの研究も一致していない。米国0.78倍/税金のない香港0.5倍/日本1983-87年ほぼ満額/日本1980-90年代は上がる/日本の高配当上位50は約2倍
  • 食い違いの正体は「誰かが間違っている」ではない。配当以外の要因のほうが、配当より大きい。日本では権利落ちが3月末と9月末に集中しているので、期末の需給が丸ごと乗る
  • 証拠は直近データにある。東証4,083銘柄・権利落ち日56,319件で、3月末 −1.528%(下落銘柄率約78%)/9月末 −0.600%/6月末 +0.355%/12月末 +0.709%(勝率65.9%)同じ配当落ちで月によって符号が変わる
  • 個人が自分の銘柄で確かめることは、原理的にできない。1回の観測での落ち幅の推定誤差は、配当1回分の1.5倍(日次ボラ1.5%・1回あたり配当利回り1.0%の場合)。誤差を半分にするには、その1銘柄で約4年かかる
  • 順張りにとっての本当の問題は、いくら落ちるかではない。落ち幅が損切り幅を食うこと。チェックリストの資金逆算(総資産300万円・許容損失1%・損切り−8%)だと、3月末の平均落ち幅で損切り幅の19.1%、高配当銘柄で翟・土田の言う2倍が出れば**40.0%**が、値動きと無関係に消える
  • 受け取る側と比べると非対称。税引後の期末配当4,781円に対し、落ち幅は12,000円=2.51倍前回から数えて非対称は5回目
  • 実装は3つだけ。①またぐかどうかを買う前に決める ②またぐなら建玉を落ち幅の分だけ小さくする(出口ではなく入口を動かす) ③権利落ちまたぎをタグとして記録する

第1部:取引所は「満額落ちる」を制度上の基準にしている

基準値段は、配当の分だけ引き下げられる

まず、制度の側から確認します。

東証の配当落日には、その銘柄の基準値段(制限値幅=ストップ高・ストップ安の基準になる値段)が引き下げられます。計算式はこうです。

基準値段 = 配当付最終値 − 配当金額

上場会社向けのFAQに書かれている扱いです。つまり取引所は、「配当の分だけ落ちる」を制度上の出発点にしている。用語集の「当該権利の相当額分下落することとなります」は、この扱いと整合しています。

ここで一度、前回の主張は制度としては正しかった、と確認しておきます。配当は株価から出ます。取引所もそう扱っています。

ただし、引く「配当金額」は確定額ではない

問題はここからです。同じFAQには、こうも書かれています。

配当落日における基準値段について、上場会社が配当落日の前営業日の午後3時までに開示した予想配当金額を用いて算出する

そして、予想が「未定」と開示されている場合は、

前年同期の実績配当金額(記念配当分及び特別配当分は除く)を差し引き、基準値段を算出します

さらに会社に対しては、

配当予想の修正が見込まれる場合は、配当落日の前営業日の午後3時までに、配当予想又は配当予想の修正について開示を行うことをご検討ください

と案内しています。

読み替えると、こうなります。

  1. 引かれるのは確定した配当額ではなく、会社の予想額
  2. 予想がなければ前年の実績で代用される
  3. その予想は、権利落ち日の前営業日15時まで修正できる

つまり、「いくら落ちるべきか」の基準そのものが推定値です。

なぜ確定していないのか——期末配当は権利落ちの後に決まる

これは取引所の手抜きではなく、会社法の構造から来ています。

会社法第454条第1項 株式会社は、前条の規定による剰余金の配当をしようとするときは、その都度、株主総会の決議によって、次に掲げる事項を定めなければならない。

3月期決算の会社の期末配当を考えます。基準日は3月31日、権利落ち日はその2営業日前(T+2)。ところが配当額を決める定時株主総会は6月下旬です。

株主は、金額が決まっていない配当の権利を取るために、3月末に株を持っている。そして市場は、その決まっていない金額の分だけ株価を切り下げる。

「配当の分だけ下がる」という文の中の「配当」は、3か月後に決まる予定の数字の予想値です。ここまでが制度の話で、ここから先は「では実際にいくら落ちているのか」という観測の話になります。


第2部:実際の落ち幅は、55年間どの研究も一致していない

5つの答え

研究対象期間落ち幅(配当1に対して)
Elton & Gruber (1970)NYSE1966/4〜1967/30.7767倍
Frank & Jagannathan (1998)香港(配当もキャピタルゲインも非課税)配当 HK$0.12 に対し下落 HK$0.06=約0.5倍
Hayashi & Jagannathan (1990)日本1983〜87年ほぼ満額(≒1.0倍)
Kato & Loewenstein (1995)日本1980〜90年代マイナス(権利落ち日に株価は上がる)
翟・土田 (2017)日本・高配当利回り上位50銘柄2006〜2016年(22回)約2倍

同じ「配当落ち」という一つの現象について、0.5倍から2倍まで、さらに符号が逆のものまであります。

「税金のせい」では説明できない

長らく標準的だった説明は税でした。配当には課税されるがキャピタルゲインは繰り延べられる。だから配当1円の価値は投資家にとって1円未満で、株価は配当より小さくしか下がらない——Elton & Gruber の0.7767倍は、その税率を逆算するために測られた数字です。

この説明を壊したのが Frank & Jagannathan (1998) でした。彼らは配当にもキャピタルゲインにも税がかからない香港を調べています。

“As in the U.S.A. the average stock price drop is less than the value of the dividend; specifically, in Hong Kong the average dividend was HK $0.12 and the average price drop was HK $0.06.”

税がゼロの国でも、落ち幅は配当の半分でした。彼らはこれを税ではなく**市場のミクロ構造(板の作られ方)**で説明しています。

順張りをやる立場からの含意は単純です。落ち幅のズレは、税率を調べれば分かる種類のものではない。

日本は、日本の中でも一致していない

日本を対象にした3本は、方向すら揃っていません。

Hayashi & Jagannathan (1990) は1983〜87年を調べて、それまでの研究と逆の結論を出しました。

“We find that, contrary to previous findings, prices of ex-day stocks drop by nearly the full amount of the dividend.”

Kato & Loewenstein (1995) は、もっと踏み込んだことを言っています。

“We find that prices rise on the ex-day and that dividend-related tax effects appear to be secondary. Returns around ex-dividend days are dominated by the proximity of many ex-days to the fiscal year end.”

権利落ち日に株価は上がる。税効果は二次的。権利落ち日前後のリターンを支配しているのは、多くの権利落ち日が決算期末の近くにあることだ、と。しかもその超過収益は**1%**あり、中規模の売買の往復コストより大きいと書いています。

“Excess returns of 1 percent, which are independent of any dividend-related considerations, are higher than round-trip transaction costs on medium-sized transactions.”

そして 翟・土田 (2017) は、高配当利回り上位50銘柄(優待実施企業は除外)について、逆向きに大きく外れる結果を出しました。

「上位50銘柄の平均配当利回りが3.2%であることを考えると、下落幅は、配当金額の倍近くにも達している」

しかも落ちたあと戻ります。

「配当落ち後の9日目の累積リターンは0.03(3%)にも達している」

同じ国の、同じ現象。ほぼ満額落ちる/むしろ上がる/2倍落ちてから戻る。


第3部:食い違いの正体①——配当より、配当以外の要因のほうが大きい

日本では、権利落ちが年に2回まとめて来る

Kato & Loewenstein の指摘は「多くの権利落ち日が期末の近くにある」でした。日本ではこれが極端です。

2025年3月期の決算短信を発表した東証上場の内国会社は2,231社。東証の上場内国会社はおよそ3,900社(2026年8月28日時点)なので、ざっと6割が3月期決算です。

その結果、日本の権利落ちは3月末と9月末に集中します。米国のように企業ごとに権利落ち日がばらけていれば、市場全体の動きは平均すればならされます。日本では、全銘柄の権利落ち日に、同じ日の市場全体の動きが丸ごと乗ります

しかもその日は、期末・半期末という需給が特殊な日です。Kato & Loewenstein は当時の日本について、期末前の売り圧力と新年度開始時の買い圧力があり、それは配当とは無関係な企業間の売買から来ている、と書いています。

“These trading patterns appear to be motivated by intercorporate manipulative trading around the end of the firms’ fiscal year, which are unrelated to dividends.”

1980〜90年代の株式持ち合いを前提にした説明なので、そのまま現在に当てはめることはできません。ただし**「権利落ち日のリターンは配当以外の理由で動く」という構造**は、30年後のデータでも観測できます。

直近データ:同じ配当落ちで、月によって符号が反転する

個人による大規模なバックテストですが、条件と件数が明示されているものがあります(東証プライム・スタンダード・グロースの4,083銘柄、2022年10月3日〜2026年7月31日、権利月15回、権利落ち日の検証件数56,319件)。

権利付最終日のリターン権利落ち日のリターン
全体平均+0.443%(勝率60.7%)−0.244%(勝率44.4%)
3月末+0.477%−1.528%(下落銘柄率 約78%)
6月末+0.377%+0.355%
9月末+0.670%−0.600%
12月末+0.304%+0.709%(勝率65.9%)

権利落ち日の平均は −0.244%。ところが月別に割ると、3月末は−1.528%、12月末は+0.709%

配当落ちという同じ制度上の処理を受けながら、符号が逆です。

さらに、権利落ち日の始値で買った場合の5営業日後は、3月末 −2.12%、12月末 +1.94%(勝率65.7%)。「配当落ちは埋まる」も「埋まらない」も、どちらも月を選べば言えてしまいます。

権利落ち日の平均リターンの月別内訳。全体は−0.244%だが、3月末は−1.528%、9月末は−0.600%と下げる一方、6月末は+0.355%、12月末は+0.709%とプラスになり、同じ配当落ちで符号が反転する

指数の期待落ち幅と比べてみる

「では実際の落ち幅は、期待される落ち幅より大きいのか小さいのか」を、指数のデータで概算してみます。

2025年9月末の配当落ちについて、証券会社のストラテジストは**日経平均で約303円、TOPIXで約21.8ポイント(0.69%)**と試算していました。指数レベルで「落ちるはず」の量は、**9月末で約0.7%**ということです。

これを上の実測と並べます。

指数ベースの期待落ち幅個別株の実測平均
9月末約0.69%−0.600%約0.87倍
3月末約0.69%と仮定した場合−1.528%約2.21倍
3月末約1.0%と仮定した場合−1.528%約1.53倍

9月末(中間配当)はほぼ期待どおりに落ちています。3月末(期末配当)は、期末配当が中間配当より大きいことを考慮しても明らかに落ちすぎです。翟・土田の「配当額の倍近く」と、方向として一致します。

※ 指数は時価総額加重、実測は等加重、対象年も違うので、これは厳密な比較ではありません。この点は第7部で改めて扱います。

「配当込みでも下がる」という別ルートの確認

もうひとつ、方向を確認できるデータがあります。TOPIX500構成銘柄のうち3月期決算で、2月末時点の予想配当利回り4%以上の銘柄を対象に、2021〜2025年の3月相場を検証したものです。

これらの銘柄は権利付最終日に向けて相対的に上昇し、その後アンダーパフォームしました。検証は配当収益込みで算出されています。つまり配当の分を戻してもなお下がっている、ということです。分析者はこれを「配当取りを終えた投資家の売却需要が株価の重しとなっている可能性」と説明しています。

ただしこの検証にも例外があります。2023年3月は米欧の銀行破綻懸念で、高配当銘柄は権利付最終日に向けて上昇するどころか下落しました。

5年のうち1年で、パターンごと消える。これが「落ち幅は年によって違う」ということの実物です。


第4部:食い違いの正体②——1回の観測では、配当がノイズに埋もれる

落ち幅の推定誤差は、日次ボラ ÷ 配当利回り

ここからは自作の計算です。前提はすべて架空で、実測値ではありません。

権利落ち日の株価変化は、次の2つの合計です。

権利落ち日のリターン = −(配当利回り × 落ち幅倍率) + その日のふつうの値動き

「落ち幅倍率」(配当1に対して何倍落ちたか)を1回の観測から推定すると、その推定の標準誤差はこうなります。

標準誤差 = 日次のボラティリティ ÷ 1回あたりの配当利回り

数字を入れます。

日次ボラ配当利回り0.5%配当利回り1.0%配当利回り1.6%
1.0%2.001.000.62
1.5%3.001.500.94
2.0%4.002.001.25

日次ボラ1.5%・1回あたりの配当利回り1.0%という、ごく普通の設定で、標準誤差は1.50です。

思い出してください。研究が出した答えは 0.5倍・0.78倍・1.0倍・2.0倍 でした。その全部が、1回の観測の誤差1個ぶんの中に収まります。

1銘柄で確かめるには何年かかるか

自分の持ち株について「この銘柄は落ちすぎるのか」を確かめようとすると、こうなります(年2回権利落ちがあると仮定)。

観測回数年数標準誤差
1回0.5年1.500
2回1年1.061
4回2年0.750
10回5年0.474
20回10年0.335
56回28年0.200

「落ち幅が1.0倍か2.0倍か」を区別できる程度(標準誤差0.5)にするだけで、その1銘柄で約4年。「0.78倍か1.0倍か」を区別する精度(0.2)なら約28年です。

順張りの保有期間は数日から数週間です。28年かけて確かめる話ではありません。

銘柄数を増やしても、この誤差は消えない

「1銘柄では無理でも、その日の全銘柄を平均すればいい」と考えたくなります。ここに日本特有の壁があります。

日本の権利落ち日は同じ日に集中しているので、その日の市場全体の動きが全銘柄に共通して乗ります。共通部分は、銘柄数をいくら増やしても平均で消えません。

銘柄間の相関を ρ とすると、N銘柄の平均から推定した落ち幅倍率の標準誤差は次のようになります(日次ボラ1.5%・配当利回り1.0%)。

ρ(銘柄間の相関)N=50N=500N=5,000N→∞
0.20.6970.6730.6710.671
0.40.9630.9500.9490.949
0.61.1701.1631.1621.162

N=50 と N=5,000 でほとんど変わりません。 銘柄を100倍にしても誤差は1.5%しか縮まない。ρ=0.4なら、下限は0.949です。

つまり、ある年の3月末の値動きから読み取れる落ち幅倍率の精度は、どれだけ銘柄を集めても±0.95程度が限界。0.5倍と1.5倍の区別すらつきません。

精度を上げる方法は一つしかありません。独立な権利落ち日を、何年もかけて増やすことです(ρ=0.4のとき、22回集めれば0.202まで下がります。翟・土田が22回の権利落ち日を使っているのは理にかなっています)。

ただし、ここで正直に書いておくべきことがあります。この誤差の話は、研究者どうしの食い違いを説明しません。 22回集めれば「1倍」と「2倍」は十分に区別できるからです。研究間の食い違いを生んでいるのは、ランダムな誤差ではなく、毎年同じ時期に同じ向きで乗る期末要因=バイアスのほうです。回数を増やしても、毎年3月末に同じことが起きるなら、平均してもそれは消えません。

  • 個人が自分の銘柄で確かめられないのは、ノイズのせい
  • 研究者どうしが一致しないのは、バイアスのせい

原因は別ですが、結論は同じところに来ます。権利落ち日にいくら落ちるかは、事前には分からない。


第5部:順張りにとっての本題——落ち幅は損切り幅を食う

いくら落ちるかより、それが何を消すか

ここまでは「いくら落ちるか」の話でした。順張りにとって本当に効いてくるのは、その落ち幅が何を消すかです。

チェックリストの資金逆算を使います。

  • 総資産 300万円
  • 1回の許容損失 1%(=30,000円)
  • 損切り −8%
  • 建玉 375,000円/損切り幅 30,000円

この30,000円が、損切りラインが動ける全部です。ここに権利落ちが入るとどうなるか。

落ち幅金額損切り幅30,000円のうち中身
0.244%915円3.0%全銘柄・全月の平均
1.528%5,730円19.1%3月末の実測平均
1.6%6,000円20.0%高配当(年3.2%)の期末配当が満額落ちた場合
3.2%12,000円40.0%同じ銘柄で翟・土田の「約2倍」が出た場合

3月末をまたぐだけで、損切り幅の約2割が値動きと無関係に消えます。高配当銘柄で落ちすぎが出れば4割です。

言い換えると、−8%で切るつもりの人が、実質−6.5%で切ることになる。しかもそれが起きる日が事前に分かっているのに、いくら消えるかは分からない(第4部)。

受け取る額と比べる——非対称の5回目

では、その代わりに何を受け取るのか。

金額
期末配当1.6%(税引前 6,000円)の税引後4,781円
落ち幅3.2%が出たときに消える損切り幅12,000円
2.51倍

3月末の平均(落ち幅1.528%・期末配当1.1%を仮定)でも、税引後3,287円に対して5,730円=1.74倍です。

損切り幅30,000円のうち、権利落ちが先に食う金額。全月平均915円(3.0%)、3月末の平均5,730円(19.1%)、高配当で約2倍が出た場合12,000円(40.0%)。受け取る税引後配当4,781円に対して消える額は2.51倍

NISA実効コスト配当と優待損出しに続いて、受け取る額より、設計が歪むコストのほうが大きいという同じ形が5回目です。これで偶然ではないと思います。

トレーリングストップも同じだけ食われる

トレーリングストップを使っている場合はもう少し厄介です。追随幅(高値から何%下で切るか)は、値動きのブレ幅に合わせて決めています。そこに、値動きとは別種の1.5〜3.2%が1日で入る。

追随幅が5%なら、3月末の平均でその30%、落ちすぎが出れば**64%**が1日で消えます。値動きが何も悪くなっていないのに、切られる確率だけが上がる。

これは「トレーリングストップが悪い」のではなく、追随幅という設計が、権利落ちという別種の変動を想定していないということです。


第6部:権利落ち日は、値動きを判断材料にできない日

順張りは値動きを読む。その値動きが別の理由で動く

このブログの立場ははっきりしています。順張りの判断材料は値動きです。出来高で裏を取り、移動平均で方向を測り、上位足で整合を見る。全部、値動きから来ています。

権利落ち日は、その値動きが銘柄の勢いと無関係な理由で動く日です。しかも動く量は事前に分からない。

その日の下落を「勢いが失われた」と読むのは誤読になりえます。同時に、「配当の分だから大丈夫」と読むのも誤読になりえます。翟・土田のデータでは、高配当銘柄は配当の2倍下げているからです。「配当の分」の2倍下げたものを「配当の分」で説明したら、悪化を見逃します。

どちらにも読めるものは、判断材料ではありません。

出来高も膨らむ

厄介なことに、出来高も同時に壊れます。翟・土田によれば、高配当上位50銘柄の売買代金は権利付最終日に累積で57.8%増、9日目には90.6%増でした。

権利付最終日の出来高増は「勢い」ではなく、日付が呼んだ需要です。新高値の探し方で書いた「注意には方向がない」と、構造は同じです。方向のない需要が出来高だけを膨らませる。

つまり権利落ちの前後は、値動きと出来高という順張りの主要な2つの入力が、同時に別の理由で動く数日ということになります。

「配当落ちは埋まる」を判断に使わない

「配当落ち分はいずれ埋まる」という言い方があります。第3部の月別データを思い出してください。権利落ち日の始値で買って5営業日後は、3月末 −2.12%/12月末 +1.94%。同じ検証の中で、埋まる月と埋まらない月があります。

翟・土田では9日目に累積+3%戻っていますが、それは高配当上位50銘柄という選び方をした場合の話です。自分の持ち株がその中に入るかどうかは、事後にしか分かりません。

「埋まる」を前提に持ち続けるのは、塩漬けの入口にある「理由の後付け」そのものです。前回書いた「保有理由が2つになる」問題の、いちばん具体的な現れ方だと思います。


第7部:自分に不利な材料

この記事の弱いところを、自分から並べます。

1. 月別データの出所は査読論文ではない

3月末 −1.528%/12月末 +0.709% という月別の数字は、個人が公開しているバックテストです。対象・期間・件数は明示されていますが(4,083銘柄/2022年10月〜2026年7月/56,319件)、私は追試していません。記事の中核データの1本が査読を経ていないことは、そのまま弱点です。

2. 指数の期待落ち幅との比較は厳密ではない

第3部で「9月末は約0.87倍、3月末は約1.53〜2.21倍」と並べましたが、指数の落ち分は時価総額加重、実測平均は等加重、しかも対象年が違います。さらに3月末の期待落ち幅0.69%・1.0%は私が仮に置いた数字で、集計したものではありません。方向の目安以上には使えません。

3. 翟・土田の「約2倍」は、選び方に依存する

対象は各回の高配当利回り上位50銘柄です。毎回「その時点で利回りが高い銘柄」を選び直すこと自体が、株価が下がった銘柄を拾いやすいなどの偏りを持ちえます。22回という回数も、10年半のうちの22回です。

4. Elton & Gruber の0.7767は、私は原論文を読んでいない

後年の論文(Bali & Hite, 1998)が引用している数値として確認しました。しかも1966年4月〜1967年3月の1年間の数字です。1年の推定値が55年間引用され続けている、という側面もあります。

5. Kato & Loewenstein は1980〜90年代の日本

彼らが挙げた「企業間の売買」は、株式持ち合いが強かった時代の話です。持ち合いが解消された現在の日本に、同じ説明がそのまま効くとは限りません。私が使ったのは**「配当以外の要因が支配することがある」という構造だけ**です。

6. 香港のデータを日本に持ってくることはできない

Frank & Jagannathan の0.5倍は、香港の取引制度(呼値の刻みなど)を前提にしたものです。「税では説明できない」という論点にだけ使い、水準は日本に持ち込んでいません。

7. 推定誤差の計算は仮定が強い

日次リターンが独立・同じ分布に従い、銘柄間の相関ρが一定という前提を置いています。ρ=0.4は仮定値で、実測していません。ρが小さければ誤差の下限も下がります(ρ=0.2なら0.671)。ただし下限がゼロにならないという結論は、ρが0より大きい限り変わりません。

8. 「予測できない」は「持ってはいけない」ではない

落ち幅が事前に分からないことは、配当銘柄を避けるべき理由にはなりません。長期の配当再投資は、この記事が扱っている数日〜数週間の話とは別の設計です。前回の第8部と同じ留保です。

9. 基準値段の調整は、値段を決めているわけではない

第1部で「取引所は満額落ちる前提で組んでいる」と書きましたが、基準値段が動かすのは制限値幅の上下限であって、始値や約定価格ではありません。取引所が「この値段で寄り付くべきだ」と言っているわけではない、という点は正確に押さえておきます。

10. そもそも、大半の売買では起きない

順張りの保有期間が数日〜数週間なら、権利落ちをまたぐ売買は年に数回でしょう。頻度の低い話です。ただし頻度が低いことと、起きたときの影響が小さいことは別です(損出しの記事と同じ構造)。


第8部:実装——3つだけ

実装1:またぐかどうかを、買う前に決める

前回の結論は「権利付最終日は入るのを見送る理由であって、持ち続ける理由ではない」でした。この記事は、その前半に数字を与えたことになります。

買う前のチェックに1行足します。

想定保有期間の中に、権利落ち日が入るか?

権利落ち日の一覧は取引所が公表しています(公表日の2週間後までに基準日が到来する銘柄)。エントリー前チェックリストの位置・出来高の条件を通ったあとに、この1問を置きます。

入るなら、次の実装2へ。入らないなら、この記事のことは忘れて構いません。

実装2:またぐなら、建玉を落ち幅の分だけ小さくする

ここがこの記事でいちばん言いたいことです。

落ち幅が損切り幅を食うなら、対応は2通りあります。

  • A:損切りラインを下げる(落ちる分だけ余裕を持たせる)
  • B:建玉を小さくする(同じ損切り幅で、1回の損失額を減らす)

Aを選ぶと、日付を理由に出口を動かしたことになります。前回で「日付が出口を決めた瞬間、値動きは決定権を失う」と書いたのは、まさにこれです。しかもAは、落ち幅が分からない(第4部)以上、いくら下げればいいかも決められません。

Bなら、動かすのは入口のサイズです。買う前の判断なので、出口ルールは1文字も変わりません。

想定する落ち幅実効的な損切り幅建玉減らす割合
なし30,000円375,000円
1.528%(3月末の平均)24,270円303,375円19.1%減
3.2%(高配当で落ちすぎが出た場合)18,000円225,000円40.0%減

ポジションサイジングの考え方をそのまま使っています。許容損失を守る変数は、損切り幅と株数の2つ。損切り幅が権利落ちに食われるなら、株数のほうで帳尻を合わせる。それだけです。

なお、実務上ひとつ確認しておくべきことがあります。逆指値の価格は、権利落ちで自動的に調整されるのか道具の記事で書いたとおり、注文の扱いは会社によって、同じ会社でも画面によって違います。自分の口座で確認する質問として持っておいてください(推測で運用しないこと)。

実装3:権利落ちまたぎを、タグとして記録する

記録に1項目足します。

この売買は権利落ちをまたいだか(はい/いいえ)

理由は実効コストの記事と同じです。タグ別に期待値を出しているとき、権利落ちまたぎが混ざっていると、その銘柄の勢いの評価に、配当という別種の変動が混入します。符号を読み違える原因になります。

分けて集計すれば、自分の売買で権利落ちが実際にいくら効いたのかを、推定ではなく実測で持てるようになります。第4部で書いたとおり精度は出ませんが、少なくとも「配当の分だから大丈夫」と言わずに済みます。

確認の一問

迷ったときの質問を1つだけ。

この銘柄が権利落ち日にいくら落ちるか、私は言えるか?

言えないなら、またぐ理由はありません。言えないものを引き受けるのは、順張りの判断ではないからです。


留保

  1. 制度・数値はすべて執筆時点の公表資料に基づきます。取引所の取扱い、決算期、税率、各社のサービス仕様は変更されます。
  2. 計算例の前提(総資産300万円・許容損失1%・損切り−8%・日次ボラ1.5%・配当利回り・銘柄間相関ρ)はすべて架空で、実測値ではありません。
  3. 3月末の期待落ち幅として置いた0.69%・1.0%は仮置きです。実際に集計していません。
  4. 中間配当と期末配当の比率について、明示していない箇所では特定の比率を前提にしていません。会社によって大きく異なります。
  5. 12月末の権利落ち日がプラス(+0.709%)になっている理由は、この記事では分析していません。12月決算企業の配当・優待、年末の需給、対象銘柄の性質など、切り分けていません。
  6. 会社法には、一定の要件を満たす会社が定款の定めにより剰余金の配当を取締役会で決議できるとする規定もあります(第459条)。条文原文は未確認のため、本文では454条1項のみを引用しています。
  7. Frank & Jagannathan (1998) と Bali & Hite (1998) は、落ち幅が配当に満たない理由として税以外の説明(市場のミクロ構造、価格の刻みの離散性)を出していますが、本記事ではこれらの説明の中身を検討していません。特に呼値の刻み実効コストの記事で扱った論点と直結するので、検討する価値があります。
  8. Elton & Gruber (1970)、Frank & Jagannathan (1998)、Hayashi & Jagannathan (1990)、Kato & Loewenstein (1995) の各原論文は、要旨または引用経由での確認です。書誌情報の一部(ページ数など)は未確認です。
  9. 本記事は個別銘柄の実データで再検証していません。取り上げた数値はすべて他者の集計と、私の仮定に基づく計算です。
  10. 筆者は税理士ではなく、税務に関する記述は公表資料に基づく一般的な整理にすぎません。

まとめ

  • 東京証券取引所は、配当落日の基準値段を「配当付最終値−配当金額」で引き下げる。制度としては1.0倍落ちる前提で組まれている
  • ただし引かれるのは会社が前営業日15時までに開示した「予想配当金額」。予想が未定なら前年同期の実績。基準そのものが推定値であり、その裏には「期末配当の額は権利落ちの3か月後に総会で決まる」という会社法の構造がある
  • 実際の落ち幅は、1970年から現在まで一致していない。米国0.78倍/税のない香港0.5倍/日本1983-87年ほぼ満額/日本はむしろ上がる/日本の高配当上位50は約2倍で、9日目に3%戻す
  • 食い違いの原因は「誰かが間違っている」ではない。日本では6割が3月期決算で権利落ちが年2回に集中し、期末の需給が丸ごと乗る
  • 証拠は直近データにある。東証4,083銘柄・56,319件で、3月末 −1.528%(下落銘柄率78%)/12月末 +0.709%(勝率65.9%)。同じ配当落ちで符号が反転する
  • 個人には確かめられない。1回の観測での推定誤差は1.50(研究が出した0.5〜2.0倍の全部がこの中に収まる)。1銘柄で標準誤差0.5にするのに約4年、0.2なら約28年
  • 銘柄数を増やしても消えない。同じ日に一斉に権利落ちするので市場要因が共通し、N=50 と N=5,000 でほぼ変わらず、下限は±0.95程度
  • 順張りにとっての本題は落ち幅そのものではなく、それが損切り幅を食うこと資金逆算3月末の平均で19.1%、落ちすぎが出れば40.0%が値動きと無関係に消える。トレーリングストップの追随幅5%なら30〜64%
  • 受け取る側は税引後4,781円、消えるのは12,000円で2.51倍非対称は5回目
  • 実装は3つ。①またぐかを買う前に決める ②またぐなら建玉を19〜40%小さくする(出口ではなく入口を動かす) ③権利落ちまたぎをタグとして記録する

前回、私は取引所の「権利落日の株価は当該権利の相当額分下落することとなります」という一文を、いちばん強い証拠として使いました。

調べ直して分かったのは、その文が制度の約束事としては完全に正しく、観測の記述としては誰も確かめられていない、ということでした。前回の結論を取り下げる必要はありません。配当は株価から出ます。それは正しい。

変わったのは、その先です。「配当の分だから大丈夫」と言えるのは、いくらが配当の分なのかを言える人だけです。55年かけて、まだ誰も言えていません。

だから私は、権利落ちを「読む」のをやめました。読めないものは読まない。代わりに、またぐと決めたときは株数を減らす。それだけにしました。

次の一歩

次に読む:配当・優待・貸株が出口を歪める(記事046)/年末の損出しと損益通算(記事047)/手数料ゼロ時代の実効コスト(記事045)/NISAで順張りはできるのか(記事044

あわせて:損切りラインの決め方(記事011)/ポジションサイジング入門(記事014)/出来高の読み方(記事020)/塩漬け株の作り方と抜け出し方(記事023)/トレーリングストップで利を伸ばす方法(記事032)/エントリー前チェックリスト10項目(記事033)/トレード記録のつけ方(記事037)/マルチタイムフレーム分析のやり方(記事041)/新高値銘柄の探し方(記事042)/モメチンに必要な道具一式(記事043


免責事項

本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品・金融機関・サービスの取得、売却、保有、利用を推奨・勧誘するものではありません。また、投資助言・税務助言を行うものでもありません。筆者は税理士ではなく、本記事の税務に関する記述は公表資料に基づく一般的な整理にすぎません。 記載の制度、税率、取引所の取扱い、各社のサービス仕様は執筆時点の公表資料に基づくものであり、その後変更されている可能性があります。売買制度・基準値段・権利付最終日・受渡日については、必ずご利用の金融機関および日本取引所グループの公表資料をご確認ください。本記事の内容は筆者個人の見解に基づくものであり、正確性・完全性を保証するものではありません。記載の計算例はすべて架空の前提に基づくものであり、将来の値動きを予測するものではありません。 引用した研究の数値は、原論文または公表された要旨・二次引用に基づくもので、解釈の誤りがありうることをお断りします。投資には元本割れを含むリスクがあります。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任と判断において行ってください。本記事の情報を利用して生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いません。過去の実績や調査結果は、将来の成果を保証するものではありません。


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