1月は上がりやすいのか|「年末の節税売りの反動だ」をやめる。日本で1月効果が観測されていた時代、譲渡益はそもそも非課税で、節税売りには1円の意味もなかったから
本記事は情報提供を目的とした個人の見解であり、投資の勧誘・助言ではありません。記載の制度・数値は執筆時点の公表資料に基づくもので、その後変更されている可能性があります。筆者は税理士ではなく、税務に関する記述は公表資料に基づく一般的な整理にすぎません。投資判断はご自身の責任でお願いします。
リード
前回の前回、年末の損出しを調べたとき、出典メモの最後にこう書き残していました。
日本の1月効果と節税売りの関係(Kato & Schallheim 1985 の原文確認から)。「日本には節税売りがないのに1月効果があった」なら、注意ベース買いと同型の別要因の話になる
自分で宿題を書いて、そのまま置いていました。今回はその回収です。
「1月効果」という言葉は、たいてい説明とセットで流通しています。
12月に、含み損を抱えた投資家が節税のために株を売る。年が明けるとその売り圧力が消え、売った人が買い戻す。だから1月は上がりやすい。特に小型株で。
筋は通っています。私自身、年末の損出しの記事で「12月は処分効果が1年で唯一逆転する月だ」というデータ(Odean 1998)を出しました。12月に損切りが増えるのは、実際に観測されています。
では、その反動で1月が上がるのか。
調べてみたら、日本には、この説明を検査するのにこれ以上ない材料がありました。日本の個人の株式譲渡益は、1953年から1989年3月まで、原則として非課税だったのです。つまり、節税売りをする理由が制度上ほぼ存在しなかった。しかも当時は株を売ると有価証券取引税がかかりました。便益ゼロ、コストあり。
それなのに、その時代の日本には1月効果が観測されています。
これは前回やったことと同じ形の作業です。前回は「呼値の刻み」という説明が、観測されている落ち幅の大きさと方向を作れるかを計算しました。今回は時期です。説明に使われている原因が存在しなかった時期に、現象のほうは存在していたのか。
結論:説明が消えても現象は残った。だから「1月に買う」理由にはならない
- 1月効果とは「1月の収益率が他の月より高くなりやすい現象」で、特に小型株に見られるとされる。理由としては年末の節税売りとその反動、および新年の資金流入が挙げられるのが通例(野村證券の用語解説)
- ところが日本の個人の株式譲渡益は1953年から原則非課税で、課税化されたのは1989年4月。しかも当時は売却に有価証券取引税(1981年から0.55%)がかかった。節税売りの便益はゼロ、コストは往復で約0.7%
- Campbell & Hamao の日本のサンプルは1971年1月〜1989年3月——まるごと非課税の時代。その期間で「日本では1月ダミーが2〜3%水準で有意」と報告されている。同じ論文で米国の1月ダミーは有意でない
- 課税が始まった後、日本の1月効果は強まっていない。日経平均が1月に上昇した確率は1976年〜で62%、1990年〜で53%、2008年〜で50%(大和ネクスト銀行のコラム)。税説が正しいなら逆方向に動いたはず
- 同じ検査は他国でもできる。豪州は税年度が6月末なのに、12-1月と7-8月の両方に季節性がある(小型ポートフォリオで4.91%と5.01%、他の月は0.87%)。論文の結論は「税年度と米国の1月の季節性の関係は、因果というより相関かもしれない」
- 米国では1986年の税制改革の後も小型株の1月効果は影響を受けていない(Haug & Hirschey 2006)。カナダは1972年の課税導入の前も後も1月効果があったと報告されている
- ただし税がまったく効いていないわけではない。Poterba & Weisbenner (2001) は税制レジームごとに年末年始のリターンの出方が違うことを示し、「個人の節税売りは少なくとも寄与因子である」と結論している。寄与因子であることと、原因であることは違う
- 大きさの検算でも足りない。いまの日本で損出しの実質的な便益は、繰延べの金利分=建玉37.5万円の例で15円。同じ建玉の往復コストは573円(38倍)、1月をまたぐ1か月のブレ幅(1σ)は31,620円(2,108倍)。合理的な節税売りは、往復コストすら払えない
- 説明が大きさを作れるのは、投資家が見かけの節税額6,094円(建玉の1.62%)で動いているときだけ。だとすればそれは税の話ではなく錯覚の話で、税率や税制の変更では動かない。日本の税制改正で効果が変わらなかったこととも整合する
- そしてそもそも測れない。日本株の月次リターンの標準偏差を5.5%とすると、1%の1月プレミアムをt=2で検出するのに121年(1月と他の月の差なら132年)かかる。46年分の勝率62%(29勝17敗)でも、コイン投げと区別できない(p=0.10)
- 実務の持ち帰りは1つ。カレンダーは入口の理由にならない。権利日と同じで、日付が判断を上書きした瞬間、値動きは決定権を失う
第1部:1月効果とは何か——そして「定説」は何を主張しているか
定義
まず、言葉を正確に押さえます。証券会社の用語解説は、こう書いています。
株式相場で1月の収益率が他の月よりも高くなりやすい現象のことをいう。
そして特徴と理由が続きます。
特に小型株でその傾向がみられる。
年末に税金対策としての売りがでる一方で、年明けには新規の投資資金が流入しやすいことなどが要因と言われている。
ここに、説明が2つ入っています。
- 節税売りの反動(12月に税金対策で売られ、その圧力が1月に消える/買い戻される)
- 新年の資金流入(年明けに新しいお金が入ってくる)
この記事が検査するのは1番です。2番は「なぜ1月なのか」を説明しない(新年度資金なら日本は4月のはず)ので、そもそも検査しづらい。1番は違います。税制は国ごとに違い、時期によって変わり、しかも公表されている。だから検査できる。
説明が明確だと、反証も明確になる
節税売り説は、次の3つを同時に主張しています。
| 主張 | もし正しければ |
|---|---|
| 原因は税 | 譲渡益課税がない市場・時代では、1月効果は出ないか、弱いはず |
| タイミングは税年度 | 税年度が12月末でない国では、1月ではなくその国の年度末の翌月に出るはず |
| 主体は個人の損出し | 税制が損出しを有利にするほど、効果は強まるはず |
3つとも、データで検査できる形をしています。前回の記事で私は、呼値の刻みで配当落ちを説明する説について「丸めは落ち幅を小さくする方向にしか効かない」と方向の検査をしました。今回は同じ検査を、時期に対してやります。
なぜ順張りの記事でこの話をするのか
理由は2つあります。
1つは、1月効果が「買う理由」として流通しているからです。「1月は上がりやすい」は、新高値でも出来高でもない、日付だけを根拠にした入口です。私は配当・優待の記事で「日付が出口を決めた瞬間、値動きは決定権を失う」と書きました。入口についても同じことが言えるかを確かめておきたい。
もう1つは、私自身が前の記事で「12月は損切りが増える月だ」というデータを使ったからです。使った以上、「では1月は上がるのか」という当然の続きに答える責任があります。
第2部:時期の検査①——日本には「節税売りに意味がなかった36年間」がある
1953年から1989年3月まで、株式の譲渡益は原則非課税だった
ここが今回の材料です。
証券税制の歴史をまとめた資料によると、日本では1953年の改正で有価証券譲渡益が原則非課税とされ、以後、原則課税に切り替わるのは1989年度の改正です。
1953年には株式譲渡益については原則非課税とされて以降、昭和においては比較的課税は緩和されていた
例外はありました。売買回数が多い場合、売買株式額が多額の場合、事業の譲渡に類似する場合などは総合課税の対象でした。ただしそれは継続的・大口の取引に対する例外であって、一般の個人投資家が「12月に含み損を実現して税金を減らす」という発想を持つ制度ではありません。減らす税金がそもそも存在しないのですから。
1989年4月からの制度はこうです。
- 申告分離課税:26%
- 源泉分離課税:譲渡価額の5.25%をみなし利益とし、その20%(=譲渡価額の1.05%)
※資料によっては源泉分離を「譲渡代金の1%」と表記しています。みなし利益率の扱いによる差で、桁は同じです。
そして注意すべきは、源泉分離課税には損失という概念がないことです。譲渡価額に対して機械的に課税されるので、損失を出しても税金は減りません。1989年以降も、源泉分離を選んでいた投資家にとっては損出しの便益はゼロだったことになります。
しかも、売れば有価証券取引税がかかった
もう一段あります。1999年3月まで、日本には有価証券取引税がありました。税率の推移は次の通りです。
| 年 | 税率 |
|---|---|
| 1953年 | 0.15% |
| 1973年 | 0.3% |
| 1978年 | 0.45% |
| 1981年 | 0.55% |
| 1989年 | 0.3%(引下げ) |
| 1996年 | 0.12% |
| 1998年 | 0.06% |
| 1999年4月 | 廃止 |
※有価証券の種類や、証券業者か否かで税率は異なりました。上の数値は株式についての代表的な推移として扱ってください。
つまり1981年から1989年の日本では、「12月に売って1月に買い戻す」という行動の収支はこうなります。
- 便益:節税額 0円(譲渡益が非課税なので、損失にも税務上の価値がない)
- コスト:有価証券取引税 0.55% + 往復のスプレッド(呼値表の下限で 0.166%)= 0.716%
総資産300万円・許容損失1%・損切り8%で逆算した建玉37.5万円なら、1回あたり2,685円を払って、1円も得しない取引です。
節税売り説は、この時代の日本では原理的に成立しません。
それでも1月効果は観測されていた
では、その時代の日本に1月効果はあったのか。
Campbell & Hamao の日米比較研究(NBER ワーキングペーパー3191)は、日本のサンプル期間が1971年1月〜1989年3月です。1989年4月の課税化の直前で終わっている——つまりまるごと非課税の時代を対象にしています。
その論文にはこう書かれています。
In Japan, on the other hand, the January dummy is significant at the 2 or 3% level in the full sample and each subsample. (日本では対照的に、1月ダミーは全サンプルおよび各サブサンプルにおいて2%ないし3%水準で有意である)
しかも同じ論文で、米国の1月ダミーは「正だが有意でない」とされています。税制上、節税売りの動機がある米国では有意でなく、動機がない日本では有意だった、という並びです。
日本の1月効果を最初に本格的に報告したのは、Kato & Schallheim (1985) だとされています。この論文について、後続の研究はこう要約しています。
Although there is no tax on capital gains for investors in Japan nor a tax benefit for losses, there is still a strong January effect. (日本の投資家にはキャピタルゲイン課税も損失に対する税の恩典もないにもかかわらず、それでも強い1月効果が存在する)
なお私は、Kato & Schallheim の原論文の本文を確認できていません(掲載誌の本文にアクセスできませんでした)。書誌情報(Journal of Financial and Quantitative Analysis, 20(2), 243-260, 1985年6月)は確認しましたが、中身は二次文献経由の像です。前回の記事で Bali & Hite の原論文を読めなかったときと同じ扱いにします。
第3部:時期の検査②——課税が始まったあと、日本の1月効果は強まらなかった
税説が正しければ、1989年以降に効果は強まるはず
ここが検査の本体です。
日本は1989年4月に譲渡益課税を導入し、その後2003年に申告分離へ一本化、2014年から20.315%(復興特別所得税を含む)になりました。損益通算と3年の繰越控除も整備され、いまの日本には節税売りの動機が制度としてはっきり存在します(そのからくりは前々回で分解しました)。
節税売りが1月効果の原因なら、動機が生まれた後のほうが効果は強いはずです。
実際はどうか。証券グループのコラムが、日経平均の1月の上げ確率を期間別に集計しています。
| 期間 | 1月に上昇した確率 |
|---|---|
| 全期間(1976年〜) | 62% |
| 平成バブル崩壊以降(1990年〜) | 53% |
| リーマンショック以降(2008年〜) | 50% |
(2021年7月時点の集計。2000年以降だけを取ると「1月に上昇したのが12回、下落したのが10回」で55%)
課税が始まった1989年をまたいで、上げ確率は下がっています。 新興市場の小型株指数(2004年以降)でも「1月が高かったのが10回、安かったのは8回」で、18回中10回=55.6%。コイン投げと区別できる数字ではありません。
学術側の報告も同じ方向です。日本の暦のアノマリーを検証した研究(Asia-Pacific Financial Markets, 2018)は、通常の手法では多くのアノマリーが消えてしまい、上昇相場の局面でのみ現れると報告しています。要旨の言い方を借りれば、これらのアノマリーはバブル期に現れ、その後消えた——つまり税制の変化ではなく、相場の局面と一緒に動いている。
米国でも似た話になっています。2022年初に公表された運用会社のレポートは、S&P500で見ると1月効果は「ほぼ消失した可能性がある」とし、**中小型株では「1月効果は全く見られなかった」**と書いています。
方向が逆であることの意味
整理します。
| 検査 | 節税売り説の予測 | 実際 |
|---|---|---|
| 非課税だった日本(〜1989年3月) | 効果は弱いか、ない | 有意な1月効果(Campbell & Hamao) |
| 課税導入後の日本(1989年4月〜) | 効果は強まる | 上げ確率 62%→53%→50% |
| 小型株(節税売りの主戦場とされる) | 最も強く残る | 新興市場指数で18回中10回 |
説明が存在しなかった時期に現象があり、説明が存在するようになってから現象が薄れた。 これは「原因」の振る舞いではありません。
ただし、ここで止まってはいけない(交絡の自己申告)
この比較には重大な交絡があります。自分から出しておきます。
- 1990年以降はバブル崩壊とその後の長期低迷と重なっています。 1月の上げ確率が下がったのは、税制のせいではなく相場全体が下げていたからかもしれない。実際、上で引いた2018年の研究は「アノマリーは上昇相場でのみ現れる」と報告しています。税制の検査としては汚れたサンプルです。
- アノマリーは論文になると弱くなります。 82個の予測変数を追跡した研究のワーキングペーパー版によれば、公表後の減衰は平均で約35%、サンプル外の減衰は約10%(統計的にはゼロと区別できない)でした。1月効果は1976年に論文になった最古参のアノマリーの1つなので、単に知られすぎて消えたという説明も同じくらい成り立ちます。
- したがって、この第3部が示しているのは「税制の変化で効果が強まったという証拠はない」までです。「税制が原因でないことが証明された」ではありません。
私が言えるのは、税説が予測する方向に動いていないという一点です。ただしその一点は、説の側が背負うべき宿題です。
第4部:同じ検査は、他の国でもできる
日本だけを見て結論を出すと、日本固有の事情(3月決算が6割、持ち合い、市場構造)で説明されてしまいます。そこで、同じ形の検査をした先行研究を並べます。
豪州:税年度が6月末なのに、1月にも季節性がある
いちばん強い検査は豪州です。論文の書き方を借りると、
The Australian tax year is from July 1 to June 30 for all but a few Australian taxpayers. (豪州の税年度は、ごく一部の納税者を除き7月1日から6月30日である)
税年度が6月末なら、節税売りは6月に出て、反動は7月に出るはずです。実際に7-8月の季節性はありました。ところが1月の季節性も同じくらいあったのです。
1958年3月〜1981年6月の1,924銘柄を規模別10分位に分けた分析で、小型側のポートフォリオについてこう報告されています。
the average December-January and July-August returns are 4.91% and 5.01%, respectively, while the average for other months is 0.87% (12-1月と7-8月の平均リターンはそれぞれ4.91%と5.01%であり、他の月の平均は0.87%である)
4.91%と5.01%。ほぼ同じ大きさです。 税年度と関係のある月(7-8月)と、税年度と何の関係もない月(12-1月)に、同じ大きさの季節性が出た。
著者たちの結論は、そのまま引用に値します。
the relation between the tax year and the U.S. January seasonal may be more correlation than causation (税年度と米国の1月の季節性との関係は、因果というより相関にすぎないかもしれない)
同じ論文は、Keim の結果として「1931年から1979年まで、(2年を除く)すべての年で1月効果が有意であり、個人の税率が比較的低かった時期も含まれる」ことにも触れています。
カナダ:課税導入の前も後も効果があった
カナダがキャピタルゲイン課税を導入したのは1972年です。この前後を比べた研究について、後続のレビューはこう要約しています。
A January effect existed there both before and after the introduction of the tax. (カナダでは、課税の導入前にも導入後にも1月効果が存在した)
日本と同じ構図です。原因がなかった時期に、現象があった。
※この記述は二次文献経由です。原論文(Berges, McConnell & Schlarbaum 1984)は確認できていません。
米国:1986年の税制改革でも変わらなかった
米国では1986年の税制改革法(TRA86)がキャピタルゲインの扱いを大きく変えました。もし税が原因なら、ここで効果の出方が変わるはずです。
金融アナリスト向けの学術誌に載った検証(Haug & Hirschey 2006)は、小型株の1月の異常収益について、「1986年税制改革法の成立による影響を受けたようには見えない」と報告し、税による説明では足りず行動的な説明が関連すると結論しています。
米国の所得税導入前——ここは決着していない
もう1つ、有名な検査があります。米国に個人所得税が実質的に導入されたのは1917年の戦時歳入法です。それ以前に1月効果があったかどうか。
- Schultz (1985) は「戦時歳入法以前の小型株リターン」を調べ、税説を支持する方向の結論を出したとされています
- Jones, Pearce & Wilson (1987) は「節税売りは1月効果を説明できるか」という題で、反対方向の結論を出したとされています
私はどちらの本文も要旨も確認できませんでした。 ですから「決着していない論点がある」以上のことは書きません。片方だけを都合よく引くのは、この記事がやろうとしていることの逆です。
第5部:それでも税は効いている——自分に不利な材料を、否定する前に出す
ここまで読むと「節税売り説は間違い」と言いたくなりますが、それは行きすぎです。税が効いている証拠は、ちゃんとあります。
レジームを変えると、年末年始のリターンの出方が変わる
いちばん強い証拠は Poterba & Weisbenner (2001) です。彼らは1963年から1996年の米国を、キャピタルゲインの保有期間要件と損失控除ルールの違いで3つのレジームに分け、「その年に値下がりした銘柄が年末年始にどう動くか」を比べました。
損失の短期・長期の区別がリバランスを強く促すレジーム(Regime II)では、こう報告されています。
a 10 percent July–December capital loss is associated with a 151 basis point increase in the turn-of-the-year return. A similar loss over the January–June period is associated with only a 53 basis point increase. (7-12月の10%の値下がりは、年末年始のリターンを151ベーシスポイント押し上げることと結びついている。同じ値下がりが1-6月に起きた場合は、53ベーシスポイントしか押し上げない)
同じ「10%の値下がり」でも、それが起きた時期によって年末年始の動きが3倍近く違う。しかもその差はレジームごとに大きさが変わる(Regime IIで−0.097、Regime Iで−0.059、Regime IIIで−0.018)。税制の細部が価格に効いていることを示す、かなり直接的な証拠です。
著者たちの結論も正確に引いておきます。
tax-loss selling by individual investors is at least a contributory factor in turn-of-the-year returns (個人投資家による節税売りは、年末年始のリターンにおいて少なくとも寄与因子である)
同時に、彼らはこの結果が「その重要度の大きさについては多くを語らない」とも書いています。寄与因子である/原因である/それに賭けられる、この3つはまったく別の主張です。
日本でも12月に損切りは増えている(前々回の再掲)
年末の損出しの記事で使ったデータも、税が行動を動かすことの証拠です。
- Odean (1998):1〜11月は含み益を実現する比率(PGR 0.152)が含み損(PLR 0.094)を上回るのに、12月だけ逆転する(PGR 0.108 < PLR 0.128)
- Ivković, Poterba & Weisbenner (2005):含み損の実現確率は課税口座で12月以外は+11%、12月は+81%
- Grinblatt & Keloharju (2004):年末に売った銘柄の25日以内の買い戻し率は8.6%(年初は6.1%)で、しかも家計に特有
12月に損切りが増え、買い戻しも起きている。 ここまでは観測事実です。
問題は次の一歩です。「12月に損切りが増える」から「1月に価格が上がる」までには、大きな飛躍があります。 売られた分がどれだけ価格を押し下げ、買い戻しがどれだけ押し上げるのか。その大きさを誰も測らないまま、物語だけが流通している。
というわけで、測ります。
第6部:大きさの検算——節税売りは、いくらの動きを作れるのか
前回確立した手つきをそのまま使います。その説明は、最大でどれだけの大きさを作れるのか。 説明が作れる上限が、説明すべき現象より小さければ、それは原因ではありません。
節税売りが「買える」最大の価格インパクト
節税売りは、それによって得られる税の便益より大きなコストは払えません。払えば損だからです。だから便益の大きさが、価格インパクトの上限になります。
いまの日本での便益を、前々回の計算からそのまま引きます。前提は資金逆算の標準ケース(総資産300万円・許容損失1%・損切り−8%)で、建玉37.5万円・含み損30,000円です。
| 項目 | 金額 | 実質便益(15円)との比 |
|---|---|---|
| 見かけの節税額(30,000円×20.315%) | 6,094円 | 406倍 |
| 実質の便益(繰延べの価値・3か月・年1%) | 15円 | 1倍 |
| 買い戻しの往復コスト(345,000円×0.166%) | 573円 | 38倍 |
| 1月をまたぐ1か月のブレ幅(1σ、日次2%) | 31,620円 | 2,108倍 |
実質の便益15円に対して、往復コストが573円。 つまり合理的な節税売り(=損を繰り延べて金利分だけ得をしようとする売り)は、往復コストすら払えません。ましてや価格を押し上げるほどの買いを、1月にぶつけることはできない。
節税売り説は、大きさを作れないのです。
では、なぜ物語は成立して見えるのか
答えは表の1行目にあります。見かけの節税額6,094円。これは建玉37.5万円の**1.62%**にあたります。
投資家が「税金が6,094円戻ってくる」と思って動いているなら、1.62%までのコストは払えます。往復コスト0.166%の10倍。これなら価格を動かせる。
つまり、**節税売りが1月効果を作れる条件は「投資家が繰延べを節税だと誤解していること」**です。
これは配当・優待の記事で扱った「配当は無料のお金だと感じる」錯覚(free dividends fallacy)とまったく同じ構造です。制度が作っているのは金額ではなく、金額についての感じ方のほう。
そして、これが第3部の結果とも噛み合います。錯覚が原因なら、税率や税制を変えても行動はあまり変わりません。 錯覚は税率の関数ではないからです。日本の1989年の課税化で1月効果が強まらなかったことも、米国のTRA86で変わらなかったことも、「原因は税ではなく、税についての感じ方だ」と考えると自然に読めます。
ただしこれは私の解釈です。この解釈自体は検証していません。 第9部で改めて自分に不利な材料として置きます。
1989年以前の日本では、錯覚さえ成立しない
念のため、非課税時代に戻ります。あの時代は見かけの節税額もゼロです。「戻ってくる税金」という感じ方をする対象が存在しない。だから錯覚も起きようがない。
それでも1月効果は観測されました。だから、あの時代の1月効果には、税とは無関係な別の原因があったことになります。 それが何かは、この記事では分かりません(ボーナス・年末年始の休場・新年の資金配分・単なる偶然、いずれも候補です)。
分かるのは、**「同じ現象に、税とは別の説明が少なくとも1つ必要だ」**ということです。そして別の説明が要るなら、税説はもう「その現象の説明」ではありません。
第7部:そもそも、この効果は測れるのか
配当落ちの記事でやったのと同じ計算を、月次リターンでやります。
1%の効果を検出するには121年かかる
日本株の月次リターンの標準偏差を**5.5%**とします(年率19%程度に相当。指数や期間で4%〜7%の幅があるので、下で感度も出します)。
1月の平均リターンの標準誤差は σ÷√n です。
| データの年数 | 1月平均の標準誤差 | +1.0%の効果なら t値 |
|---|---|---|
| 14年(2008年〜) | 1.47% | 0.68 |
| 46年(1976年〜) | 0.81% | 1.23 |
| 121年 | 0.50% | 2.00 |
つまり、+1.0%の1月プレミアムを t=2 で検出するには121年かかります。「1月と他の月の差」を検定するなら、他の月の平均にも誤差があるので132年。効果が+0.5%なら528年です。
私たちが持っているのは、日経平均が始まってからでも70年台、まともなデータなら46年分です。足りません。
勝率62%も、コイン投げと区別できない
同じことを勝率で見ます。1976年からの46年で1月の上げ確率62%は、29勝17敗にあたります(46年に当てはめると28〜29勝。28勝18敗=60.9%で計算しても下の結論は変わりません)。
- 「勝率50%(コイン投げ)」を帰無仮説にすると p = 0.10
- そもそも株価は月間で上がるほうがやや多いので、「勝率55%」を帰無仮説にすると p = 0.30
どちらも棄却できません。 62%という数字は、直感的にはかなり偏って見えますが、46回の試行ではこの程度の偏りは普通に出ます。
1990年以降(53%=17勝15敗)はp=0.86、2008年以降(50%=7勝7敗)はp=1.00。何も言えないという結果です。
これは「効果がない」という意味ではない
前回・前々回と同じ注意をここでも書いておきます。検出できないことと、存在しないことは違います。
言えるのはこうです。1月効果が仮に実在しても、その大きさは私たちが手元のデータで確認できる大きさではない。 そして確認できないものは、エントリーの根拠には使えません。根拠として使った瞬間、確認していないものに建玉を張ることになるからです。
第8部:順張りの側に持ち帰るもの
1. カレンダーは入口の理由にならない
配当・優待の記事で書いた結論を、入口側にも適用します。
カレンダーは変わりません。値動きの条件は毎日変わります。だから人は、変わらないほうを基準にしたくなる。
「1月だから買う」は、新高値でも出来高でも売買代金でもない基準を、条件の中に1つ足す行為です。しかもその基準は、毎年必ず来ます。判断が要る日を、自分で12回増やしているのと同じです。
順張りの入口条件は、3層(位置・流動性・除外)で足りています。そこに月の名前は入りません。
2. 「1月は上がりやすい」は、方向のない需要に乗ること
新高値銘柄の探し方で、私は「注意には方向がない。順張りには方向がある」と書きました。ランキング画面が集めるのは目立った銘柄であって、上がっている銘柄ではない、という話です。
季節性も同じです。「1月」は銘柄を選びません。良い銘柄も悪い銘柄も、トレンドが出ている銘柄も壊れている銘柄も、同じように1月を迎えます。方向を持たない基準で入ると、方向を持たない結果になります。
3. 1月にやることは、条件の見直しではない
年が変わると、条件を見直したくなります。これはやってはいけないほうの誘惑です。
週末スクリーニングの記事で計算したとおり、条件を何通りも試して一番よかったものを選ぶと、実力ゼロでも「効いて見える」ものが必ず見つかります(予測力ゼロのシミュレーションで、10通り試して最良を選べば100%の確率でプラスに見えた)。年初は、その誘惑がいちばん強い時期です。
条件を変えるのは四半期に1回、変える理由は成績ではなく前提の変化(制度・呼値・市場区分など)。年が変わったことは、前提の変化ではありません。
4. 季節性を使うなら、建玉ではなくスケジュールに使う
とはいえ、暦が値動きに影響しないわけではありません。使い道はあります。ただし入口の理由ではなく、予定表としてです。
- 年末年始・大型連休は休場を挟むので、逆指値が働かない時間が長くなる(注文の仕様の話であって、上がる下がるの話ではない)
- 1月下旬から3Q決算の発表が始まる。決算発表日は入口の除外条件なので、その予定は先に取っておく
- 12月に自分が損出しをしたなら、買い戻しの条件は値動きの言葉で先に書いておく
どれも「1月だから買う/売る」ではありません。判断が増える日を先に知っておくという、それだけの使い方です。
コピー用:カレンダーの扱い
【入口に日付を入れない】
□ 買う理由に「今月は◯月だから」が入っていないか
□ 入口の条件は 位置 / 流動性 / 除外 の3層だけか
□ 「この銘柄を、来月なら買わないのか?」に答えられるか
【日付は予定表としてだけ使う】
□ 次の決算発表日(除外の条件として)
□ 休場が続く日程(逆指値が働かない時間)
□ 自分が売買を控える期間(あるなら先に決める)
【年初にやらないこと】
□ 条件の見直し(変えるのは四半期に1回・理由は前提の変化のみ)
□ 「今年こそ」で建玉を増やすこと
それでも「1月」を意識していい場面
対称に扱っておきます。次の3つは、季節性というより制度と予定の話なので、意識する価値があります。
- 自分の損出しの後始末。12月に売った銘柄があるなら、1月の扱いを事前に決めておく必要があります。ただしこれは「1月は上がる」からではなく、自分が意図的に作ったポジションの穴だからです。
- 年末年始の流動性。売買代金が細る時期は、往復コストの下限(呼値÷株価)より実際のコストが上振れやすい。入るなという意味ではなく、建玉を大きくする時期ではないということです。
- 決算シーズンの入口。1月下旬から3Qの発表が始まります。エントリー前チェックリストのB-2(決算発表日)に引っかかる銘柄が急に増える時期なので、候補が減るのは正常です。
いずれも建玉を増やす理由ではなく、判断の手順に関わる話である点が共通しています。
第9部:自分に不利な材料
この記事は「よく知られた説明を否定する」形なので、否定しすぎないための材料を独立させて置きます。
- 税は確かに効いています。 Poterba & Weisbenner (2001) のレジーム比較は、税制の細部が年末年始の価格に効いていることを示す直接的な証拠です。私は「税が原因ではない」ではなく「税では日本の観測を説明できない」と言っています。
- 私は Kato & Schallheim の原論文を読んでいません。 日本の1月効果の一次的な報告について、二次文献経由の像に依拠しています。前回の Bali & Hite と同じ弱点です。
- Campbell & Hamao は1月効果を主題にした論文ではありません。 彼らの主題は日米の株式リターンの予測可能性で、1月ダミーは統制変数です。しかも係数の値は表に載っていません(論文自身が「推定値は報告しない」と書いています)。私が使えたのは有意水準の記述だけです。
- 日本の上げ確率の集計は、証券グループのコラムによるものです。 査読論文ではなく、期間の取り方(1976年〜/1990年〜/2008年〜)も執筆者の選択です。私は原データで再計算していません。
- 1989年をまたぐ比較はバブル崩壊と交絡しています。 第3部に書いたとおりで、これは税制の実験としては汚れています。
- 公表後の減衰という別の説明があります。 1月効果が薄れたのは、税制でもバブルでもなく、単に有名になったからかもしれません(公表後の減衰は平均35%という報告)。この説明も、私の主張と同じくらい「1月に賭けるな」を支持しますが、原因の特定としては別物です。
- 有価証券取引税の税率は、有価証券の種類や当事者によって異なりました。 本文で使った0.55%は代表的な数値であり、すべての取引に一律で適用された税率ではありません。
- 1989年以前も「例外的に課税される個人」はいました。 売買回数が多い場合などは総合課税でした。したがって「便益はゼロ」は大多数の個人にとってという限定つきです。頻繁に売買していた層には節税売りの動機がありえます。
- 「錯覚が原因だ」という第6部の解釈は、私の推測です。 見かけの節税額で人が動いていることを、私はデータで示していません。示したのは「合理的な計算では大きさが作れない」ところまでです。
- 1月効果には税以外の説明が複数あります。 情報の集中(年度末の決算発表)、機関投資家の売買再開、リスク許容度の季節性、指数のリバランス。私はそのどれも検証していません。 この記事は「税説では説明できない」だけを示しています。
- 「効果が測れない」は「効果がない」ではありません。 第7部の計算は、私たちの手元のデータでは判定できないことを示しているだけです。
留保
- 本記事の数値のうち、標準誤差・必要年数・二項検定・便益とコストの比較は、すべて筆者がPythonで計算したものです。前提(月次σ=5.5%、日次σ=2%、繰延べの金利1%、往復コスト0.166%)は本文に明記しましたが、いずれも仮定です。
- 月次σは指数と期間で4%〜7%程度の幅があります。σが小さければ必要年数は減り(σ=4.0%なら1%の効果に64年)、大きければ増えます(σ=7.0%なら196年)。結論の向きは変わりませんが、桁は前提で動きます。
- 建玉37.5万円という前提は、記事033の資金逆算の一例にすぎません。金額が変われば比率も変わります(比率そのものは金額に依存しません)。
- 税制の記述は執筆時点の公表資料に基づく歴史的な整理です。個別の取扱いは税務署または税理士にご確認ください。筆者は税理士ではありません。
- 1989年4月の源泉分離課税の税率は、資料により「譲渡代金の1%」「譲渡価額の1.05%」と表記が分かれます。みなし利益率の扱いによる差です。
- 引用した英語論文の訳は筆者によるものです。原文を併記していますが、解釈の誤りがありうることをお断りします。
- McLean & Pontiff の数値はワーキングペーパー版のものです(82変数・公表後の減衰35%)。刊行版では数値が異なると紹介されることがありますが、刊行版の本文を確認できていません。
- 日本の1月効果について、2020年代のデータでの学術的な再検証を、私は見つけられませんでした。「存在しない」という意味ではありません。
- 本記事は個別銘柄・指数の日次データを取得して自分で再検証していません(記事039・049と同じデータ制約です)。使ったのは他者の集計と、筆者の仮定に基づく計算です。
- 「新年の資金流入」という2つ目の説明については、検査していません。この記事が扱ったのは節税売り説だけです。
- 過去の季節性は、将来の季節性を保証しません。この記事の結論は「1月に売れ」でも「1月に買うな」でもなく、**「月の名前を入口の条件に入れるな」**です。
まとめ
- 1月効果の定説は「12月の節税売りとその反動」。この説明は、税制という検査できる材料の上に乗っている
- 日本の個人の株式譲渡益は1953年から1989年3月まで原則非課税。しかも売れば有価証券取引税(1981年から0.55%)。節税売りの便益ゼロ・コスト0.716%
- それでも1971年1月〜1989年3月のサンプルで1月ダミーは2〜3%水準で有意(Campbell & Hamao)。原因がなかった時期に、現象はあった
- 課税が始まった後、日本の1月の上げ確率は62%→53%→50%。税説が予測する方向と逆。ただしバブル崩壊と公表後の減衰と交絡している
- 豪州は税年度が6月末なのに12-1月と7-8月に同じ大きさの季節性(4.91%と5.01%、他の月0.87%)。論文の結論は「因果というより相関」
- 米国は1986年の税制改革の後も小型株1月効果が変わらず、カナダは1972年の課税導入の前も後も効果があった
- ただし税は効いている。Poterba & Weisbenner (2001) は「10%の値下がりが7-12月なら年末年始を151bp押し上げ、1-6月なら53bp」と示した。寄与因子であることと、賭けられることは別
- 大きさが足りない。いまの日本で損出しの実質便益は建玉37.5万円あたり15円、往復コストは573円(38倍)、1か月のブレ幅は31,620円(2,108倍)。合理的な節税売りは往復コストすら払えない
- 大きさを作れるとしたら、投資家が見かけの節税額6,094円(建玉の1.62%)で動いているとき。だとすればそれは税ではなく錯覚で、税制を変えても動かない。日本と米国で税制改正が効果を変えなかったこととも整合する
- そして測れない。1%の1月プレミアムをt=2で検出するには121年。46年分の勝率62%(29勝17敗)はp=0.10でコイン投げと区別できない
- 実務の持ち帰りは1つだけ。入口の条件に月の名前を入れない。日付は予定表としてだけ使う
前回は「その説明は、いま起きていることの大きさを作れるか」を検算しました。今回は同じ質問を、時期に対して投げただけです。
説明に使われている原因が存在しなかった時期に、現象のほうが存在していたなら、それは原因ではない。
この検査は、相場の説明のほとんどに使えます。「地合いのせい」「金利のせい」「需給のせい」——どれも、その要因がなかった時期を探せば同じ検査ができます。
そして、この記事でいちばん自分に刺さったのは別のところでした。私は前々回、12月に損切りが増えるデータを見て「税制が損切りを代行している」と書きました。書いたときには、その先に「だから1月は上がる」があるとは一度も検証していなかったのです。
自分が納得した説明ほど、続きを検算していない。 今回いちばん確かめるべきだったのは、1月効果ではなく、そちらのほうかもしれません。
次の一歩
次に読む:年末の損出しと損益通算(記事047)/配当落ちで株価はいくら下がるのか(記事048)/配当落ちは「呼値の刻み」で説明できるのか(記事049)/配当・優待・貸株が出口を歪める(記事046)
あわせて:損切りラインの決め方(記事011)/ポジションサイジング入門(記事014)/順張りの銘柄選び(記事012)/52週高値スクリーニングの具体的条件(記事028)/エントリー前チェックリスト10項目(記事033)/トレード記録のつけ方(記事037)/新高値銘柄の探し方(記事042)/モメチンに必要な道具一式(記事043)/NISAで順張り(モメチン)はできるのか(記事044)/手数料ゼロ時代の実効コスト(記事045)
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