新NISAで需給は変わったのか|「個人の買いが入るから上がる」をやめる。制度が始まった2年で、個人は日本株を5.4兆円“売り越して”いるから

本記事は情報提供を目的とした個人の見解であり、投資の勧誘・助言ではありません。特定の証券会社・金融商品・制度の利用を推奨するものでもありません。記載の制度・統計・数値は執筆時点の公表資料に基づくもので、その後変更・改訂されている可能性があります。筆者は税理士ではなく、本記事は税務に関する助言ではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。

リード

NISAで順張り(モメチン)はできるのかの回で、私はNISAを自分の口座の内側から見ました。非課税は「お得」ではなく、税引後の期待値もブレ幅も同率で伸ばすレバレッジだ、という話です。

今回は、同じ制度を外側から見ます。

きっかけは、この2年で何度も見かけた一文です。

「新NISAで個人の資金が入ってくるから、日本株の需給は良くなる」

もっともらしく聞こえます。年間の投資枠は旧制度の4.3倍になり、口座数は2,800万を超え、累計の買付額は71兆円に達しました。数字はどれも本物です。

ですが、私はこのブログで何度か同じ手順を使ってきました。1月効果では「節税売りの反動」という説明に対して、その原因が存在しなかった時期に現象はあったかを調べました。手数料無料化では、その原因は現象を作れるだけの大きさがあるかを調べました。

今回もそれをやります。すると、こうなります。

新NISA経由で日本株に入った買いは、年6〜7兆円。市場の買い注文全体に対して約1%です。

そして、もっと決定的なことがあります。

同じ2年間で、個人は日本株をネットで5兆4千億円“売り越して”います。

これは矛盾ではありません。NISAで買った人と、課税口座で売った人が、だいたい同じ人だからです。制度が連れてきたのは新しい買い手ではなく、同じお金の新しい置き場所でした。

そして、この10年で本当に個人の日本株保有を動かした要因は、NISAではありませんでした。それが何だったかは第8部で書きます。


結論:需給の話は「量」ではなく「符号」で見る

  • 「需給が変わった」は3つの別々の主張(①買いの量が増えた ②ネットの向きが変わった ③保有の構造が変わった)。混ぜて語られるので検証できなくなっている
  • 1回目の自然実験=2014年の旧NISA:初年度の買付額は約3兆円、うち上場株式は4割弱で約1.2兆円。当時の買い注文全体(東証第一部の年間売買代金576.4兆円の片側288.2兆円)の0.41%。同じ年、個人株主数は**+6.7万人(+0.15%)、個人の株式保有比率は18.7%→17.3%**へ下がった
  • 2回目=2024年の新NISA:年間買付額は17.4兆円(成長投資枠12.4兆円+つみたて投資枠5.0兆円)だが、日本株はそのうち6〜7兆円。買い注文全体(プライムの片側627.3兆円)の0.97〜1.17%枠は4.3倍になったが、市場に対する比率は0.4%→1%
  • 決定的なのは符号:個人は2024年▲2兆138億円・2025年▲3兆4,300億円=2年で▲5兆4,438億円。しかも2024年の内訳は現金取引▲7兆2,112億円/信用取引+5兆1,973億円個人の買いの正体はNISAではなく信用取引
  • NISAの買いを差し引くと、課税口座からは年13〜14兆円が売られている(推計)=新規資金ではなく、口座間の移し替え
  • 新NISAが動かした最大のフローは日本株ではない:投資信託委託会社等の対外証券投資は2024年に11兆5,066億円(2005年以降最大)。買われたのは日本株より海外株で、それは円売りでもあった
  • 家計側でも新規貯蓄は増えていない:家計の金融資産は2,350.9兆円で過去最高だが、現金・預金は前年同期比+5.3兆円と“増えている”。累計買付71兆円は家計金融資産の3.0%
  • 需給を実際に変えたのは自社株買い:設定された取得枠は2024年18.0兆円・2025年17.8兆円、事業法人の買い越しは7兆8,842億円→10兆4,700億円。NISAの数字はグロス(買付だけ)、事業法人の数字はネット(買い越し)である点も含めて桁が違う
  • 実装は1行入口の条件に、制度の名前を入れない

第1部:「需給が変わった」は、3つの別々の主張が1つの言葉に潰れている

最初にやるのは、いつもどおり主張の分解です。

「新NISAで需給が変わった」と言うとき、実際には次の3つのどれか(あるいは全部)が主張されています。

  1. 買いの量が増えた(グロスの買付が増えた)
  2. ネットの向きが変わった(個人が売り手から買い手になった)
  3. 保有の構造が変わった(浮動株が減った、株主が増えた、売られにくくなった)

この3つは独立です。1が真でも2は偽でありえます。実際、これから見るようにそうなっています

そして、投資判断に効くのは2と3のほうです。1がいくら大きくても、同じ人が別の口座で同じだけ売っていれば、板の上で起きることは何も変わりません。

新高値銘柄の探し方で、私は「注意には方向がない。順張りには方向がある」と書きました。需給の話も同じ形をしています。買付額には方向がありません。売り越し・買い越しには方向があります。

だから検査は、この順でやります。

  • :NISA経由の日本株買いは、市場の何%か(第2部・第3部)
  • 符号:個人はネットで買ったのか売ったのか(第4部)
  • 行き先:買ったお金はどこへ行ったのか(第5部)
  • 原資:そのお金は新しく生まれたのか、移動しただけか(第6部)

第2部:1回目の自然実験——2014年に、同じ話はすでに一度あった

新NISAを検査する前に、旧NISAを見ます。制度が始まった年は2回あるからです。

2014年1月、一般NISAが始まりました。当時も「個人の資金が株式市場に入ってくる」という説明は広く出回っていました。

量:初年度の買付は約3兆円、うち日本株は4割弱

金融庁の公表データでは、NISAの累計買付額は2014年の時点で3兆円です。

商品別の内訳は、一般NISAの2014〜2018年の累計で上場株式39.7%・投資信託57.7%・ETF1.6%・REIT0.9%でした。仮に初年度も4割弱が上場株式だったとすると、日本株(外国株を含む上場株式)に向かった買付は約1.2兆円です。

分母を置きます。2014年の東証第一部(内国株式)の年間売買代金は576兆4,020億円でした。売買代金は売りと買いの両方を数えているので、買い注文の側はその半分の288.2兆円です。

1.2兆円 ÷ 288.2兆円 = 0.41%。

上場株式の比率を3割〜4.5割で振っても、**0.31%〜0.47%**の範囲です。

符号と構造:個人株主数は+0.15%、保有比率はむしろ下がった

もっとはっきりしているのは、保有の側です。

東京証券取引所ほかの「株式分布状況調査」から、個人株主数(延べ人数)を見ます。

年度個人株主数前年差
2013年度45,754,089人▲213,221人
2014年度45,821,320人+67,231人(+0.15%)

NISA元年に増えた個人株主は6万7千人。増加率にして**0.15%**です。

そして保有比率(金額ベース、個人・その他)はこうです。

年度個人・その他外国法人等
2012年度20.2%28.0%
2013年度18.7%30.8%
2014年度17.3%31.7%

旧NISAが始まった年、個人の保有比率は18.7%から17.3%へ1.4ポイント下がりました。

もちろん、これはNISAのせいではありません。2013年から2014年はアベノミクス相場で、外国人が大きく買い越し、個人はそこへ売っていた時期です。だからこの表が示しているのは「NISAが悪い」ではなく、**「NISAは、個人の売り越しを止められるほどの大きさではなかった」**ということです。

そして、これがそのまま2024年の話になります。


第3部:2回目の自然実験——枠は4.3倍になった。市場に対する比率は0.4%から1%になった

2024年1月、新NISAが始まりました。

制度としての拡大は本物です。年間投資枠は旧NISA全体で17兆8,392億円だったものが、新NISAでは76兆8,960億円へ——4.3倍です。

実績も伸びました。金融庁が2025年6月に政府税制調査会へ提出した「NISAの効果検証」によると、

  • 2025年3月末の口座数:約2,647万口座(2023年12月末比 +約522万口座、+25%)
  • 累計買付額:約59.2兆円(同 +約24.0兆円、+68%)
  • 2024年の年間買付額:約17.4兆円(成長投資枠12.4兆円=前年比3.5倍、つみたて投資枠5.0兆円=同2.9倍)

さらに金融庁の推移グラフでは、累計買付額は2023年末の35兆円から2024年末53兆円、2025年末71兆円へ。年間18兆円ペースです。

ここまでは「すごい」で終わります。問題は次です。

17.4兆円のうち、日本株はいくらか

新NISAの買付は、その全部が日本株に向かうわけではありません。

  • つみたて投資枠(5.0兆円)は、ほぼ全部が投資信託です
  • 成長投資枠でも、全金融機関ベースで買付の51%が株式、49%が投資信託です
  • そして「株式」には外国株が含まれます

実際の推計を2つ、別々のところから持ってきます。

  • 第一生命経済研究所:2024年1〜9月の新NISA買付総額13兆7,932億円のうち、上場株式は33.2%=4兆5,774億円
  • 大和総研:2024年1〜9月のNISAの日本株買付額は約5.5兆円

9か月分なので12か月に引き伸ばすと、6兆1,000億円(前者)〜7兆3,000億円(後者)です。2つの数字が食い違うのは、上場株式にETFやREITを含めるか、外国株をどう扱うかの違いだと思われますが、私はどちらが正しいか確認できていません。なので以降は6〜7兆円という幅で扱います。

つまり——

年間買付17.4兆円のうち、日本株に来たのは35〜42%。残りの6割は日本株ではありません。

分母を置く

2024年のプライム市場(内国普通株)の年間売買代金は1,254兆5,787億円でした(この数字は前回の手数料の記事でも使いました)。翌2025年はさらに増えて1,419兆5,587億円、前年比+13.2%で歴代最高、1日平均58,418億円です。

買い注文の側は、2024年で627.3兆円

6.1兆円 ÷ 627.3兆円 = 0.97% 7.3兆円 ÷ 627.3兆円 = 1.17%

10年前が0.41%、いまが約1%。枠が4.3倍になっても、市場の買い注文に占める比率は0.4%から1%に動いただけです。

NISA経由の日本株買いが市場の買い注文に占める比率の比較。2014年の旧NISA元年は上場株式向けの買付が約1.2兆円で、東証第一部の年間売買代金576.4兆円の片側288.2兆円に対して0.41%。2024年の新NISA元年は日本株買付が年換算6.1〜7.3兆円で、プライム市場の年間売買代金1,254.6兆円の片側627.3兆円に対して0.97〜1.17%。右側には同じ期間の個人のネット売買を示し、2024年は2兆138億円の売り越し、2025年は3兆4,300億円の売り越しで、2年合計5兆4,438億円の売り越しとなっている


第4部:決定的なのは符号——個人は2年で5.4兆円“売り越して”いる

ここが本題です。

第3部で見たのはグロスの買付です。買った額しか数えていません。順張りをやっている私たちが本当に知りたいのは、買いと売りを差し引いたあとに、どちら向きにいくら残ったかです。

投資部門別売買状況が、それを教えてくれます。

個人(差し引き)
2024年▲2兆138億円(売り越し・2年連続)
2025年▲3兆4,300億円(売り越し・3年連続)
2年合計▲5兆4,438億円

新NISAが始まってからの2年間で、個人は日本株を5兆4千億円あまり売り越しています

制度が始まる前と後で、符号は変わっていません

さらに内訳を見ると、話は逆さまになる

2024年の個人の内訳はこうです。

  • 現金取引:▲7兆2,112億円(売り越し)
  • 信用取引:+5兆1,973億円(買い越し)
  • 差し引き:▲2兆138億円

つまり——

個人が2024年に日本株を買い越した唯一の経路は、信用取引でした。

NISAは現金取引の中に入っています。非課税で長期にという制度のお金が入ってきた年に、個人の買い越しを作っていたのは、金利が日数に比例して課金されるほうの取引だったわけです。

参考までに、売買代金のグロスシェアでも同じことが出ます。個人全体で26.2%のうち、現金取引8.0%・信用取引18.2%——個人の売買の約7割は信用取引です。

「個人の需給」と言うとき、多くの人が思い浮かべているのは積立と非課税口座のほうだと思います。板の上で実際に動いているのは、その反対側です。

引き算をしてみる

ここからは私の推計です。2024年の数字を並べます。

  • 個人の現金取引:▲7兆2,112億円(通年)
  • そのうちNISA経由の日本株買付:+6.1〜7.3兆円(年換算)

引き算すると——

NISA以外の現金取引では、13兆〜14兆5千億円が売られていることになります。

※これは単純な引き算です。NISAの買付額は1〜9月の年換算であること、投資部門別売買状況の集計対象(立会内外の委託分)とNISAの集計対象(金融機関の口座ベース)が完全には一致しないこと、ETFやREITの扱いが揃っていないことから、桁の感覚をつかむための概算として読んでください。

それでも、方向ははっきりしています。

新NISAは、新しい買い手を市場に連れてきたのではありません。同じ人が、課税口座で売って、非課税口座で買い直しています。

これは「非合理な行動」ではまったくありません。むしろ044で書いたとおり、税引後の期待値を考えれば口座を移すのは自然です。制度は設計どおりに機能しています。ただ、それは需給ではなく口座の付け替えだ、というだけの話です。


第5部:お金の行き先——最大のフローは日本株ではなく、海外だった

「17.4兆円のうち6割は日本株ではない」と第3部で書きました。その6割はどこへ行ったのか。

  • 2024年の公募株式投資信託の資金純増は16兆6,295億円、そのうち海外株式・内外株式が77.3%
  • 投資信託委託会社等の対外証券投資は2024年に11兆5,066億円の取得超——2005年以降で最大(2023年は4兆5,454億円なので約2.5倍)
  • うち株式・投資ファンド持分は10兆493億円(前年比約2.9倍)
  • 家計が持つ投資信託のうち**外貨建ての比率は2024年12月末で約52%**と5割を超えた

並べるとこうなります。

2024年のフロー金額
NISA経由の日本株買付(年換算)6.1〜7.3兆円
投資信託委託会社等の対外証券投資(取得超)11兆5,066億円

新NISAが作った最大の資金の流れは、日本株の買いではなく、海外資産の買いでした。

そして海外資産を買うには円を売って外貨を買う必要があるので、これは為替の話にもなります。当時「新NISAが円安要因になっているのではないか」という議論が出たのは、この数字が背景です。

私はここで「新NISAが円安の原因だ」と言うつもりはありません。為替はこのブログの範囲外ですし、対外証券投資には年金や機関投資家の動きも混ざります。言いたいのは1つだけです。

「個人の資金が入ってくる」の“入ってくる先”を確かめないまま、日本株の需給の話にしてはいけない。


第6部:原資の検査——そのお金は、新しく生まれたのか

もう1段だけ下ります。

仮に日本株への買いが年7兆円あったとして、それが貯金から出てきた新しいお金なのか、すでに市場にあったお金の移動なのかで、意味はまったく違います。

これは制度設計の世界では古典的な問いで、いちばん有名な研究がデンマークのものです。

Chetty, Friedman, Leth-Petersen, Nielsen & Olsen (2014, QJE 129(3), 1141-1219) は、デンマーク全人口の貯蓄について4,100万件の観測を使い、税優遇制度が総貯蓄をどれだけ増やすかを推定しました。

結論はこうです。

政府が補助金に1ドル使うと、総貯蓄は1セントしか増えない(each $1 of government expenditure on subsidies increases total saving by only 1 cent)

理由は、約85%の人が「受動的な貯蓄者(passive savers)」で、税優遇に反応して行動を変えないから。反応する15%の「能動的な貯蓄者」は、優遇口座にお金を入れる一方で他の口座から同額を移している——つまり移し替えです。一方、自動的な拠出(automatic contributions)は総貯蓄を増やす、というのがこの論文のもう一方の柱でした。

留保を先に書きます。 これはデンマークの年金貯蓄の研究であり、日本のNISAの研究ではありません。制度も税率も期間も違います。私が借りているのは数字ではなく、「優遇口座の残高が増えたことは、貯蓄が増えたことを意味しない」という考え方のほうです。

日本側の数字で、同じ問いを立てる

日本銀行の資金循環統計(2025年10-12月期)を見ます。

  • 家計の金融資産残高:2,350.9兆円(過去最高)
  • 現金・預金:前年同期比+5.3兆円、フロー(4四半期移動平均)+1.3兆円
  • 現預金比率:48.5%(前期49.1%から低下)
  • 株式等・投資信託:前年同期比**+92.0兆円**、フロー**+2.3兆円**(うち投資信託+2.7兆円)

ここで重要なのは、現金・預金は減っていないということです。増えています。

比率のほうは48.5%まで下がりました。ただしこれは、分子(現預金)が減ったからではなく、分母(金融資産全体)が株高で膨らんだからです。実際、株式等・投資信託の+92.0兆円のうち、フローは+2.3兆円で、残りは評価益です。

そして、**NISAの累計買付額71兆円は、家計金融資産2,350.9兆円の3.0%**にあたります。11年分の累計で3%です。

もう一度、Chettyの言い方を借りるなら——

制度が動かしたのは、家計のお金の“量”ではなく“置き場所”でした。

これは制度の失敗を意味しません。置き場所が変わることには意味があります(税引後の手取りは実際に増えます)。ですが、置き場所の変更は、市場に対する新しい買い圧力ではありません。

家計のお金の行き先を2024年のフローで比較した横棒グラフ。NISA経由の日本株買付は年換算6.1〜7.3兆円、NISA経由でそれ以外に向かった買付が約10〜11兆円、投資信託委託会社等の対外証券投資が11兆5,066億円で2005年以降最大、家計の現金・預金は前年同期比プラス5.3兆円と減るどころか増えており、事業法人による自社株買いの設定枠は18.0兆円で最大となっている。NISAの数字は買付額のグロスであるのに対し、個人の売買はネットで2兆138億円の売り越しである点も注記している


第7部:自分に不利な材料——それでも需給は変わった、と言える部分

ここまでは「変わっていない」側の材料ばかり並べました。逆側も書きます。この記事でいちばん弱いのはここです。

1. 1%は小さい、とは限らない(この記事への最大の反論)

Gabaix & Koijen (NBER WP 28967)「The Inelastic Markets Hypothesis」 は、株式市場全体の需要の価格弾力性は小さく、資金の出入りが価格に大きな影響を与えると論じました。推定は明快です。

株式市場に1ドル投資すると、市場全体の時価総額は約5ドル増える(investing $1 in the stock market increases the market’s aggregate value by about $5)

この乗数が正しければ、「買い注文全体の1%だから小さい」という私の議論は成立しません。フローの1%は、価格には1%以上の影響を持ちうるからです。

ただし、この論文が扱っているのはネットのフロー(市場全体への資金の純流入)であって、グロスの売買代金ではありません。そして第4部で見たとおり、個人のネットのフローはこの2年ともマイナスでした。乗数5を当てはめるなら、マイナス側に当てはめることになります。

つまりこの反論は、私の第3部(量の議論)を弱くする一方で、第4部(符号の議論)を強くします。フローが価格に効くなら、なおさら符号を見なければいけない、という話になるからです。

2. 個人株主数は、実際に大きく増えた

第2部で「2014年度は+6.7万人」と書きましたが、直近はまったく違います。

年度個人株主数前年差
2022年度69,830,000人程度
2023年度74,453,588人+4,626,400人
2024年度83,594,852人+9,141,264人(+12.3%)

11年連続で増加し、過去最高です。 2024年度だけで914万人増えました。

ただし注意が必要です。これは延べ人数(1人が5社の株を持てば5人と数える)で、株式分割や優待の影響を強く受けます。**「株主が914万人増えた」ではなく「株主としての登録が914万件増えた」**と読むべき数字です。

3. 保有比率も、わずかだが上がった

年度個人・その他
2023年度16.9%
2024年度17.3%(+0.4pt)

上がっています。ただし2014年度と同じ17.3%であり、この11年で個人の保有比率が最も高かったのは2022年度の17.6%——新NISAとは何の関係もない年です。

4. つみたての買いは「値動きと無関係」という特殊な性質を持つ

つみたて投資枠の5.0兆円は、月あたり4千億円強が株価が上がっていようが下がっていようが機械的に入ります。この性質は、金額の大きさとは別に意味があります。

そしてNISAは売ると年内は枠が戻りません(簿価分が翌年に復活する仕組みは044で書きました)。これは保有を滞留させる方向に働きます。年7兆円のうち日本株の一部でも動かなくなるなら、それは浮動株を少しずつ減らします。

私はこの効果の大きさを測れていません。測れていない、というのが正直なところです。

5. 買っていない口座も多い

逆側の材料も1つ。買付額ゼロ円の口座は2024年末で40%近いという集計があります(各年ごとに買付がなかった口座、という定義です)。口座数の増加は、そのまま買付の増加ではありません。


第8部:この10年で需給を実際に変えたのは、自社株買いだった

第7部で「1%は小さいとは限らない」と書きました。では、何と比べれば「小さい」と言えるのか。同じ市場で、同じ期間に、桁の違うものが動いていれば比較になります。

あります。自社株買いです。

2024年金額
NISA経由の日本株買付(グロス・年換算)6.1〜7.3兆円
事業法人の買い越しネット7兆8,842億円(過去最高)
うち自社株買い(買付額)14兆7,295億円
自社株買いの設定された取得枠18.0兆円

2025年も続きました。設定された取得枠は17.8兆円、事業法人の買い越しは10兆4,700億円です。同じ2025年に、個人は3兆4,300億円の売り越しでした。

比較の仕方に注意してください。 NISAの6〜7兆円は買付だけを数えた数字(グロス)で、そこから同じ人の売りは引かれていません。事業法人の7.9兆円・10.0兆円は売りを引いたあとの数字(ネット)です。ネットで10兆円と、グロスで7兆円を並べたら、実質的な差は見た目以上に開きます。

なお、自社株買いは市場から株を買うだけでなく、その多くが消却され、発行済株式数そのものを減らします。買い圧力としても、株数の減少としても効きます。

この2年、「日本株の需給が良くなった」という言い方が当たっているとすれば、その主語は個人ではありません。企業です。


第9部:では、順張りをやる自分は何をすればいいのか

ここまでの話は、正直に言えばあなたの売買にほとんど何の指示も出しません。それが結論です。

でも、やめられることはあります。

実装1:入口の条件に、制度の名前を入れない

これがこの記事の唯一の実務的な持ち帰りです。

52週高値スクリーニングの条件にも、エントリー前チェックリスト10項目にも、「新NISAで需給が良いから」という項目は入りません。理由は単純で、その条件は全銘柄に同時に成立するので、銘柄を選り分ける力がゼロだからです。

これは1月効果の記事で書いた「入口の条件に月の名前を入れない」とまったく同じ形です。

  • 月の名前:全銘柄に同時に成立する → 選り分けられない
  • 制度の名前:全銘柄に同時に成立する → 選り分けられない

そして、こういう条件がいちばん危ないのは、買った理由としてではなく、持ち続ける理由として使われるときです。含み損を抱えたときに「でも新NISAの資金が入ってくるから」と言えてしまう。塩漬け株はこうして生まれるで書いた「理由の後付け」を、制度の側が無料で供給してくる状態です。

配当・優待の記事で書いた形とも同じです。保有理由が2つになると、片方が壊れても降りられなくなります。

実装2:需給の話は「量」でなく「符号と粘り」で読む

需給の話を完全に無視しろとは言いません。読み方を変えるだけです。

  • ✕「◯兆円の資金が流入」→ グロスなので情報が薄い
  • ○「◯◯部門が◯週連続で買い越し」→ 符号と継続性がある
  • ○「発行済株式数が減った」→ 後戻りしない構造の変化

実装3:自分の建玉の大きさを、一度だけ確かめておく

このブログでずっと使っている資金逆算(総資産300万円・許容損失1%・損切り−8%)だと、1銘柄あたりの建玉は37万5千円です(033)。

2025年のプライム市場の1日平均売買代金は5兆8,418億円でした。

375,000円 ÷ 5兆8,418億円 = 0.0000064%。

需給の議論で出てくる「兆」という単位と、自分の注文の大きさの間には、8桁の差があります。これは悲しい話ではなく、むしろ良い知らせです。自分の注文が板を動かさないということは、いつでも降りられるということだからです(ただし低位株や薄商いの銘柄では話が変わります。呼値と流動性の話を参照してください)。

需給を心配する時間があるなら、損切り価格を先に書いてください。そちらは自分で決められます。

コピー用:需給の話を見かけたときの3つの質問

① それはグロスか、ネットか(買付額か、買い越し額か)
② 分母は何か(市場の何に対する何%か)
③ その条件は、銘柄を選り分けるか(全銘柄に同時に成立しないか)

3つとも答えられないニュースは、入口の条件に入れない。

それでも、需給の話を使っていい場面

対称に扱います。次の場合、需給は見る価値があります。

  1. 個別銘柄の需給(信用残、大株主の異動、公募増資、立会外分売、指数の入れ替え)——特定の銘柄にだけ成立するので、選り分ける力があります
  2. 発行済株式数が実際に減るとき(自社株買いと消却)——後戻りしない構造の変化です
  3. 降りる判断のとき——平日にしていいのは減らす判断だけ、という原則の範囲内でなら、需給の急変(例えば大口の売り観測)は降りる材料になりえます。増やす材料にはしません
  4. 地合いの確認として——指数のトレンドを見る代わりにはなりませんが、補助にはなります
  5. 自分がなぜそれを買いたくなったかの点検として——「新NISAで上がるらしい」と思って買おうとしているなら、それは銘柄の話ではなく雰囲気の話です。記録の1行にそう書けるかどうかで判定できます

留保

  1. NISAの日本株買付額は推計です。 6.1兆円と7.3兆円という2つの数字は、それぞれ第一生命経済研究所と大和総研の1〜9月の集計を12か月に引き伸ばしたものです。季節性(年初に集中する可能性)を考慮していません。
  2. 「NISA以外で13〜14兆円売られている」は単純な引き算です。 集計対象・期間・商品範囲が完全には一致しないため、桁の感覚以上の意味を持たせないでください。
  3. 売買代金の半分を「買い注文の側」としたのは単純化です。 立会外取引やETF、外国株の扱いによって分母は動きます。
  4. 株式分布状況調査の保有比率は金額ベースです。 株価の変動そのものが比率を動かします。個人が売っていなくても、外国人が持つ銘柄が上がれば個人の比率は下がります。
  5. 個人株主数は延べ人数です。 株式分割や優待新設で機械的に増えます。2024年度の+914万人をそのまま「新しい投資家が914万人」とは読めません。
  6. 投資部門別売買状況は委託分の集計で、自己売買や一部の取引を含みません。 「個人」の定義も口座名義ベースです。
  7. Chetty et al. (2014) はデンマークの年金貯蓄の研究であり、日本のNISAの研究ではありません。借りているのは考え方であって、1セントという数字ではありません。
  8. Gabaix & Koijen の乗数5は、市場全体のネットのフローに対する推定です。個別銘柄や個人部門のグロスの買付にそのまま当てはまるものではありません。また、この推定自体に対する反論も存在します。
  9. 対外証券投資には、個人以外(年金・機関投資家など)の動きが混ざります。 「新NISAが円安を招いた」と単純に読むことはできません。
  10. 自社株買いとNISAは競合するものではありません。 本記事は「自社株買いのほうが偉い」という話ではなく、桁を比較しただけです。
  11. 本記事の数値はすべて公表資料と、そこからの筆者の計算です。 将来の需給や値動きを予測するものではありません。制度・統計はいずれも改訂されます。

まとめ:制度は口座を変えた。板は変えていない

新NISAは、よくできた制度だと思います。私自身、044で「非課税は実質レバレッジだ」と書いたうえで、それでも使う価値があると考えています。

ですが、その制度が私のエントリー判断に与える情報は、ゼロでした。

  • 買付額は増えた。市場に対する比率は0.4%から1%になった
  • ネットの符号は変わらなかった。2年で5.4兆円の売り越し
  • お金の最大の行き先は日本株ではなかった
  • 家計の現預金は減っていない
  • そして需給を実際に動かしたのは、企業の自社株買いだった

制度が変えたのは、私のお金の置き場所です。板の上で起きることは、変えていません。

だから今日も、やることは変わりません。位置を測って、出来高を確認して、降りる価格を先に書いて株数を逆算する。制度の名前は、そのどこにも出てきません。

次の一歩

次に読む:NISAで順張り(モメチン)はできるのか(記事044)/1月は上がりやすいのか(記事050)/手数料無料化で売買は増えたのか(記事051)/新高値銘柄の探し方(記事042

あわせて:エントリー前チェックリスト10項目(記事033)/52週高値スクリーニングの具体的条件(記事028)/損切りラインの決め方(記事011)/ポジションサイジング入門(記事014)/塩漬け株の作り方と抜け出し方(記事023)/配当・優待・貸株が出口を歪める(記事046)/年末の損出しと損益通算(記事047)/信用取引の金利と貸株料(記事052)/手数料ゼロ時代の実効コスト(記事045)/トレード記録のつけ方(記事037)/なぜ順張りは機能するのか(記事016)/期待値とトータルで勝つ考え方(記事024


免責事項

本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品・金融機関・制度の取得、売却、保有、利用を推奨・勧誘するものではありません。また、投資助言を行うものでもありません。記載の制度、統計、公表数値は執筆時点で入手可能な公表資料に基づくものであり、その後改訂・変更されている可能性があります。筆者は税理士ではなく、本記事は税務に関する助言ではありません。 個別の税務上の取扱いについては、所轄の税務署または税理士にご確認ください。本記事に含まれる比率・年換算・推計はいずれも筆者が公表資料をもとに単純計算したものであり、集計基準の違いによる誤差を含みます。引用した研究の数値は、公表された論文・要旨に基づくもので、解釈の誤りがありうることをお断りします。本記事の内容は筆者個人の見解に基づくものであり、正確性・完全性を保証するものではありません。投資には元本割れを含むリスクがあります。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任と判断において行ってください。本記事の情報を利用して生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いません。過去の実績や調査結果は、将来の成果を保証するものではありません。


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